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"I am"ー認識が世界を変えるー

この世界とは何なのか、人間とは何なのか、自分とは何なのか。認識技術によって開かれる未来文明

僕が福岡に来た理由ー"育む土地"への"感謝"と"恩返し"ー

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※所要時間:約4〜6分(約2600字)

 

なぜ僕が福岡にいるのか。

そのことを少し綴りたいと思う。

 

それは一言で言ってしまえば「感謝」と「恩返し」だ。

 

福岡の特性ー"育む"エネルギーー

 

僕が見る福岡という地は「育む」というエネルギー性質を持っていると感じている。新しいもの、大事なこと、残さなければならないものなど、それらをしっかりと「育てる」エネルギーがある。

 

それは違う表現をすれば、「保守的」ともなる。また「関係性」ともなる。それは「人間力・人間関係力」ともなる。でもそれらを総じて表現すればやはり「育む」なのだ。

 

実際に福岡は、伝統的な行事を重要視する。山笠はいい例だ。また食文化もこれまで育んできているからこそ、いまの福岡があると思う。ここ最近福岡への移住が多い理由もここにあると思っている。都会の暮らし、資本主義的な暮らしではなくもっと「安心・安全」、また「ゆったりと」とした暮らしがしたい方が福岡に移住しているイメージがある。

 

先に伝えておくと、これらは全て僕の主観的な世界であり、客観的データは取れていない。

 

そして福岡という土地は「横横の関係」を大事にしていると、福岡の方に出会うと感じある。ある事業としている人と、ある事業をしている人が、あまり関係のない業種だったとしてもすでに知り合いだったり。また、七社会やJCなども、コンテンツよりも関係性を重要していると感じる。「何をしている人物なのか」よりも、「自分とどんな関係なのか」ということだ。それが福岡の「飲み文化」などにもつながってくると思う。

 

なので福岡で重要なことは「関係性」だと感じている。

 

僕の活動と福岡ールーツに触れたいー

 

僕がこのように福岡に対して思っている中で、僕が現在取り組んでいる活動が始まったのも実は福岡なのだ。僕はこのことにとても大きな意味を感じている。

 

僕が現在取り組んでいる「認識技術」というものは、現代社会にとってとても特異な存在である。あまり一般的でないことも相まって、「何なのか分からない」「何をしたいのか分からない」とよく言っていただく。まあこれに対しては「そりゃそうだよな」と思う。

 

しかしそんなよくわからないコンテンツである認識技術も20年の月日をかけて完成し、現在では商業出版から本も出て、動画再生も10万回を超え、韓国にも研修所を持ち、アメリカ進出まで可能になったのだ。もちろんまだまだこれからなのではあるが、このコンテンツで、20年間潰れなかったことは奇跡的なことだと感じている。

 

ではなぜ認識技術がここまで成長することができたのか。僕はそれを「福岡のお陰」であると思っている。おそらく、Noh Jesuが当時福岡ではなく、大阪や、東京など、他の地に滞在していたのであれば、認識技術の中心価値は生まれなかったと思うし、おそらく彼は現在この世にいなかった可能性もあると思っている。それくらい彼は当時生と死のギリギリにいた。

 

ではその中でなぜ彼が生きることができたのか?そしてその中で認識技術の中心価値を発見し、それをここまで成長させることができたのか?

 

それが冒頭でも述べた福岡独特の「育むエネルギー」であると思っている。「福岡」という土地のエネルギーがそうさせたのだ。これはあくまで僕の洞察で、客観性はもちろんかけるかもしれない。でも事実、認識技術は東京でも、大阪でも、韓国でもなく、「福岡から」誕生したのだ。僕はこのことは強調しても仕切れないことだと思う。

 

逆に言えば福岡が「誕生させた」と言ってもおかしくない。僕は福岡はそれくらいのエネルギーを持っているのだと思う。そして誕生させただけではなく、「育てた」のだ。

 

僕はこの事実を重要視したい。それくらい福岡には価値があるのだ。そう思ったときに僕は、この福岡という土地に触れたかったし、知りたかった。それが僕が福岡に来た一つ目の理由である。

 

僕の活動と福岡の関係性ー感謝と恩返しー

 

そしてもう一つの理由として僕は福岡に「恩返し」をしたいと思っている。この認識技術を誕生させ、育ててくれた福岡に。福岡の人は有難迷惑かもしれないが。笑

 

今は認識技術は全くメジャーではないし、どちらかといえば怪しいジャンルに入ると思う。宗教やカルトと思われることもあるし、ただの金儲けで見られることだってよくある。でもね、僕はこの技術が現代社会が抱える問題をすべて解決することができる確信がある。120%の確信が。

 

いまの認識技術は、メジャーになる前の、石油や自動車、PC、もっといてば地動説だと思ってくれれば良い。現在の時代的常識から見たら、「非常識」だし、「理解が難しい」のだ。だから世間は認めない。しかしこれは宇宙の仕組み通りだから仕方ない。新しいものはこの道を通過しなければならない。そしてこの道を通過できなかったものは消えていき、この道を通過した本物だけが残るのだ。

 

なので、僕はどれだけ誤解されてもいいので福岡に恩返しをしたいと思っている。

 

それは福岡で誕生し、育まれた認識技術をぜひ使って欲しいということだ。そしてそれは、認識技術を活用して、全世界を救済し、希望に導き、全世界から愛され、感謝される福岡になって欲しいということだ。

 

もっと具体的に言えば、僕は福岡から、未来の福岡を、未来の世界を担う、グローバルリーダーを誕生させたいと思っている。福岡のエネルギーで育った若者であればそれが可能だと思っている。それが僕が福岡にできる恩返しだと思っています。

 

それが僕が福岡に来た理由です。

 

終わりにー僕と福岡の関係性ー

 

このような背景から、僕は全世界から愛され、感謝される福岡を創りたい。

 

まだまだ福岡の方からしたら新参者であるし、福岡のことを欲も知らない僕ですが、いま僕が思っていることはこれらです。

 

もっと先のことを言えば、おそらく僕が福岡だけに留まることはないと思う。いつになるかはわからないが、違う土地に行くことになると思う。なぜなら全世界を変革しないとならないからだ。

 

でも僕はそんな中でも、日本の、そして福岡のことを語り続けると思う。なぜなら、それが僕の中心価値だから。

 

そのこともあって、僕は福岡という土地を自分の肌で感じておきたかった。そして僕自身もこの土地でたくさん成長させてもらっている。本当にすごい土地だと思う。

 

最後はすこし取り留めのない文章になってしまいましたが、これらが僕が福岡に来た理由です。すこし長いので、直接お話しできる機会はあまりないかもしれませんが、ぜひ一人でも多くの方へ、この感謝と恩返しができればと思っています。

 

では。

「何をされてる方ですか?」「認識技術とは何ですか?」に対する答えー今まで困ってた質問だったけど、一段階収まった(と思う。笑)ー

「何をやられてる方なんですか」

 

この質問は僕が困る質問のひとつでもある。なぜなら僕はまだ、自分がやっていることを、誰もが分かるように説明できる術を持っていない。

 

まだ時間を頂けるならある程度説明できるが、何しろ現代人は忙しい。

 

「5分」時間をもらえればいいほうかもしれない。1分、30秒・・・いやほとんどの方は「一言」であろう。僕は今までその説明に成功したことはない。(と思っている)

 

どれだけシンプルに、わかりやすく、短い時間で伝えるのか。優秀な方ほどこれをよくしている。そこに比べれば僕はまだまだだ。

 

短くシンプルに伝えることはいくらでもできる。しかしそこに「相手が分かるように」が入ってくると話が別だ。「誰もが分かるように」になってくるとさらに難しい。世間一般で活用されている単語を用いなければならない。

 

そもそも認識技術自体があまり世の中では扱わないジャンルをバンバン扱っている状態なので、それを一般的な、誰もが使うワードに置き換えることに僕は苦しんでいるのかもしれない。これはおそらく僕だけではなく、専門的で世間一般とは違う世界で仕事をされてる方は同じ悩みを感じているかもしれない。

 

なので今日はすこしそのことにチャレンジしてみようかと思う。

 

まず初めに特にみなさんにことを考えなければ認識技術は一言で言えば以下になる。

 

無→有が生まれる仕組みを活用する技術

自分と自分の宇宙を消す技術

スクリーン原理

知ってる世界から自由にする技術

全ての学問を統合する技術

争いの根本原因を解決する技術

観点の問題を解決する技術

・・・etc

 

まあ、一般的ではないですよね。笑

 

さらに表現を細分化するならば以下になるかもしれない。

 

教育的表現、経済的表現、政治的表現、宗教的表現、哲学的表現、数学的表現、科学的表現・・・

 

どの角度から表現するのかによって認識技術の表現は変わる。ということは、相手の方がどのようなジャンルに精通した方なのかによって表現が変わるのか、とも思う。

 

まあでも、現代社会のホットワードが「人工知能」などのIT技術であるならば、そことつなげた方が良いのかもしれない、と今思った。

 

うーん・・・

 

「何をやってる方ですか?」

「認識技術とはどんな技術(教育)なんですか?」

 

一番しっかりと答えさせてもらわないとならない質問なのに・・・

 

まあいまこれかなと思ったのは「アイデンティティ教育」かなぁ。「アイデンティティを変化させる技術」とか?これはすこし一般的かもね。

 

うーん、でも僕がそんなにピンと来ないなぁ。確かに「アイデンティティ」は変化させるけど、そこからさらに「意思決定原理」を活用して、「ライフスタイル教育」もするからなぁ・・・・

 

アイデンティティ革命から、ライフスタイル革命をする教育?

アイデンティティの変化から、ライフスタイルの変化を可能にする技術?

 

うーん。

 

だから、認識技術的に言えばそれは「解け方」「結び方」なんだけど、両方を同時に表現可能な単語はあるのだろうか。

 

まあでもやっぱり「アイデンティティ教育」が一番かぁ。

 

人間のアイデンティティを変化させるために、認識技術がある。んで、その認識技術はアイデンティティを変化させるために、脳科学や物理学、宗教などあらゆる角度から人間の固定概念を破壊していき、本当の「自分」という一点に到達させる。そのための中心道具が「イメージ言語」か。その「本来の自分」に出会ったときに、境界線のない、無限の可能性そのものの自分と出会える。そしてそこから「宇宙創造の仕組み」を活用し、新たな「アイデンティティ」を設定し、人生を送る。か。

 

そうだね「どんな自分になって」「何をするのか」だから、重要視してるのは「アイデンティティ」だもんね。もちろんそれだけじゃないけど。

 

アイデンティティの変化から、人間の意思決定能力を飛躍的に上昇させる教育技術」が一番しっくりくるかもね。

 

うん。ちょっとやってみよう。

 

A:「初めまして。冨沢さんは何をされてる方なんですか?」

僕:「教育事業です」

A:「どんな教育なんですか?」

僕:「アイデンティティ教育ですね。」

A:「へえ、どんなところでされてるんですか?個人向けですか?」

僕:「はい、僕個人としては個人向けですが、法人向けに行うこともあります。」

 

 

ふう。

これでどうですか?少しは「あぁ、そっち方面の人ね」ってわかりますかね?笑

 

「ちなみに認識技術が大事にしてるのはなんですか?」

と言われたら

「"質問"と"理解"です」

と答えたいですね。

 

「日々どんな質問を持つのか。そしてその質問を理解の力で答えていくこと。これが最も重要です」とかってね。

 

ちょっとかっこよくないですか?笑

はい、すいません。

 

「いまの教育の問題はなんだと思いますか?」という問いであれば

本質であれば「答えがないこと」で、現実であれば「画一性を重要視し、質問を大事にしないこと」かなぁ。

 

そろそろ時間なので、今日は終了としたいと思います。みなさんのおかげで、ここまでたどり着きました。笑

 

では、また。

宇宙の秘密から、資本主義の秘密から、新時代の方向性までー"NR Group"及び"認識技術"が目指す未来と現状ー

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 ※所要時間:10-15分(約6000字)

 

自分と自分の宇宙は実在しない。それはまぎれもない事実だ。

 

では、なぜそう言えるのか?なぜ、人類は自分と自分の宇宙が実在していると思い続けてきたのか。自分と自分の宇宙が実在していないことが、我々人類にとってどのようなメリットがあるのか。

 

まずはそのことについて触れていきたいと思う。

 

「自分と自分の宇宙が実在している」と錯覚してしまう仕組みー脳の機能的限界ー

 

「自分と自分の宇宙が実在している」と我々が錯覚してしまうのは、「脳」の影響だ。我々人類は、人類歴史500万年の間、常に「脳」によってこの世界を認識してきた。それはまぎれもない事実だ。人類はその脳の発達によって、動植物とは比べれらないほどの発展した文化文明を構築することを可能にした。

 

しかしその「脳」が人類のさらなる進化を妨げていることもまた確かだ。人間が「脳」の進化によって、動植物以上の文化を構築したのであれば、さらなる進化のためにはその「脳」の限界を超え、さらなる「何か」を生み出さなければならない。その現在人類が活用している「脳」の限界を超えたときに、私たち人類は次のステージへ進むことができる。

 

では我々人類がもっている「脳の限界」とはなんなのか。

 

それは「真実を認識することが出来ない」ことだ。

 

真実とは別の表現をするならば「この世界を成立させている何か」だ。それを人類は、神と呼び、空と呼び、道と呼び、真実と呼び、心と呼び、真理と呼んだ。現在人類が持っている「脳」ではその「何か」を認識することはできない。

 

なぜならば「脳」が「この世界・この現実」を作っているからだ。量子力学が証明しているように、この世界は私たちが認識するまでは「波」の性質を持ち、認識した瞬間に「粒子」の性質に変わり、いまわたちたちの目の前に存在する「現実」として現れる。

 

ということは科学が証明している「宇宙」というものも、私たち人間が、私たち「人間の脳」によって認識するから、あのような状態の宇宙になる。これは「人間特有・人間共通の宇宙」と表現してもよい。実際に「脳の状態」が異なれば、その脳が作り出す「宇宙の状態」も変化する。それは人間でいえば「色盲」で表現しても良いし、もっと大きな違いでいえば、「蛇が認識する宇宙」や「犬の認識する宇宙」は私たちが認識している宇宙とは異なる。

 

私たち人間が認識している宇宙は、無限大存在する波動の中の「可視光線」という極一部分だけを切り取った、極めて「部分的な宇宙」なのだ。それは「視覚」だけに限らず、「聴覚・嗅覚・味覚・触覚」すべてにおいて同様である。

 

なので我々人類の「脳」は、「極めて限られた範囲の現実」しか認識することができない。

 

この結論から導き出される答えは、我々人類が獲得した「脳」はそもそもその機能的限界によって、「人間共通の宇宙・現実」を生み出しており、「真実」を認識することができないのだ。

 

それは例えるならば、我々人類が「ロケット」がなければ「地球の外」に到達できないように、何か「道具」がなければ、「現実の外(真実)」に到達できないことと同じ仕組みだ。であるので私たちは「脳」ではない何か「新しい道具」を開発しなければ、「現実の外」には到達できない。

 

このことはとてもショッキングな事実である。なぜならば、人類歴史を歩んできた、幾多の哲学者、宗教家、思想家、科学者はこの事実が曖昧な状態で、「この世界」を理解しようとしてきた。それは「地球の中」から「地球全体」を理解しようとすることと同じことだ。これでは到底「この世界全体」を理解することは出来ない。

 

このことを認識技術では「観点の問題」と定義している。この「観点の問題」を理解できた時にやっと次に進める。このことが理解できないままでは、そもそもスタート地点にも立っていないということがよくわかるだろう。

 

「この世界を成り立たせている何か」を認識するための「道具」とはー"イメージ言語"の理解ー

 

では次に進む。次は先ほどの例でいえば「道具」のことだ。

 

この道具をNR Groupは、20年の研究開発の末に完成させた。多くの方の努力の結晶であり、まさに「人類の叡智」が詰まった道具といっても過言ではないだろう。

 

その道具のことを認識技術では「イメージ言語」と呼んでいる。初めて聞く方には馴染みがないであろうが、「まあそういう名前なんだな」と思っておいていただければいいと思う。

 

その「イメージ言語」がどのような道具かというと、一言で表現すれば「無→有が生まれる仕組み」を理解することができる道具・言語である。そのイメージ言語自体はとてもシンプルな構造をしていて、はじめは「え?こんな簡単なの?」となるかもしれないが、そう「簡単」なのだ。宇宙の仕組みとはとてもシンプル。ただそれを「規定」し、「誰もがイメージ・理解可能」にすることができなかった。またイメージ言語の中には「0」と「∞」のイメージが入っているのだが、そのイメージを理解することは少し困難かもしれない。

 

そもそも人間は「0の状態」と「∞の状態」をイメージすることができない。これは「脳の機能的限界」であるが、それを認識技術は「論理とイメージ」で理解することを可能にした。おそらくはじめは脳が抵抗するとは思うが。まあ言うなれば初めてテレビを見た人が「なんではこの中に人間がいるんだ?」と理解できなかった人と同じようなものだ。脳というのは自分の常識を超えることには抵抗感を示す。しかし慣れてしまえばなんら問題はない。

 

そしてその「0の概念」と「∞の概念」を活用しならが、宇宙誕生の仕組み、宇宙森羅万象の仕組み、そして現代物理学、数学、宗教、哲学とも繋げながら人類歴史を紐解いていく。そしていまここの人間関係のメカニズムも、その「一つの仕組み」を活用して紐解いていく。

 

理解することは至ってシンプルだ。あえて「何を理解すべきなのか」を共有するならば

 

・"無"とはなんなのか。

・"有"とはなんなのか。

・"無"から"有"はどのように生まれるのか。

・"無"と"有"はどのような関係性を持っているのか。

 

こららを理解してしまえばチェックメイトだ。それら全ての理解を「イメージ言語」は可能にする。

 

そうしてそのシンプルな仕組みによって、今まで私たちが教わってきた「複雑な世界の理解」を、「シンプルな世界の理解」に変化させていく。それは「たった一つの仕組みで世界を理解していく」行為となる。

 

そしてその「一つの仕組み」と自分自身が繋がったときに、自分が「一つの仕組み」そのものであることを理解できたときに、「答え」が来る。

 

「そうだったのか。」と

「だからこうだったのか。」と

 

自分の人がこのようになっていた原因、人類歴史の今までこのようになっていた原因、現実画面がこのようになっていた原因、あらゆる全てが理解納得できる。

 

そしてそのときに溢れんばかりの高揚感と幸福感、有能感、全能感が湧き上がってくる。

 

これはこの領域に到達しないと味わえない感覚でもあるので例えることは難しいが、あえて例えるならば、生まれてすぐに生き別れた兄弟、または両親を人生かけてずっと探し続け、出会えなかった。そして死の直前にその出会いを諦めかけていたときに、ふとした偶然でその生き別れの兄弟、または両親と出会うことができたときの喜びにも近いかもしれない。その歓喜と言ったら尋常ではないだろう。そしておそらくその歓喜よりもはるかに大きな感覚だ。

 

その感覚はぜひNR JAPAN(株)が主催している、セミナーで味わってほしい。3日間という短い時間でこれら全ての全体像を伝達しているので、人によっては内容をその3日間でじっくり落とし込むことは難しいかもしれないが、ある程度の全体像はつかめると思う。その3日間で満足できない方は、さらに時間とお金を投資すればさらに学びを深めることが可能にになるので、ぜひそこにエネルギーを投入してほしい。なぜならそこに人類の叡智が、人類が探し求めた答えがあるからだ。

 

資本主義の仕組みーお金という存在のの意味と価値ー 

 

その上でよく「そんな良いものならなんでお金を取るんだ」と言っていただくことがある。まあその観点もわからなくないし、実際に釈迦やイエスは真実を学ぶためにお金は取らなかった。(と僕は理解している。後からお金を取る仕組みは生まれたが)

 

そのことを理解するためには「東洋が持っている固定概念」に対する理解と、「資本主義」に対する理解、「認識技術が目指すビジョン」に対する理解が必要だ。

 

簡単にまとめると資本主義の仕組みは、お金を「どのように引っ張るのか」と「どのように出すのか・どこに使うのか」が重要である。そのなかで私が見るに、今の社会はお金が循環していない。

 

例えば私たちが日頃支払っているお金は、あなたが何かの商品を購入したのであれば、その企業に入る。そしてその企業がそのお金を使って既存の商品生産、新商品開発を、給与の支払い、設備投資などをする。そしてその企業が生産した商品を、また私たちは自分の獲得したお金を使う。

 

ということはその企業・及び政府がどこにお金を使うのか、で未来が決めることは理解できると思う。そのお金を「戦争の道具」に使うのか、「環境破壊」に使うのか、「人工知能の開発」に使うのか・・・様々な選択肢がある。

 

しかし現在激動の時代のなかで、実はその「使い方自体」にも問題があるが、もう一つ大きな事実としてお金を保有している人たちが「お金を使っていない」というこが大きな問題である。

 

だからお金は富裕層に回っていくだけで、中間層以下には戻ってこずに、お金の循環が停滞してしまっている。よくお金は人間の「血液」で例えられるが、その血液が「詰まってしまっている」状態がいまの社会だ。

 

だからこそ重要なのはその「血液(お金)」を循環させることである。そのために重要なのが「どこに投資するのか」である。未来に希望がなければ富裕層たちはそこにお金を投資しませんし、お金を投資された人たちがさらにそのお金を「どこにどのようにそのお金を投資するのか・活用するのか」が重要になる。

 

それが企業でいえば、企業理念や、企業方針であるし、政府でいえば政策であったりする。そこに魅力や希望がなければそこにお金が集まることもない。それが資本主義の仕組みであり、実は宇宙の仕組みとも同じである。

 

NR Groupはどのようなビジョンを描いているのかーそこにお金を投資する意味と価値ー

 

そう考えたときに、認識技術及びその創始者であるNoh Jesuが目指すビジョンというのは、「全人類が"答え"が分かるようにさせ、新人類の文化・文明を構築すること」である。それは言うなれば、いままで人類が500万年間構築してきた、「答えがわからない状態」の「悲惨・残酷で争いが終わらない文化文明」を終わりにさせ、「全く新しい文化文明」を創造することに、時間もエネルギーもお金も投入したい意志でもある。

 

そうなってくると誰か一人が、認識技術にお金を投資するということは、「新人類の文化文明構築」にお金を投資したことになる。これは目の前の現象だけ見れば小さなことのように思うかもしれないが、このように全体像から見ればとてもとても大きな意味と価値を持っている。

 

このように「お金」というのは、「未来を決定する力」を持っている。だから実は一人の人間が日常「どこにお金を使うのか」によって世界は全く違ったものになる。違う表現をすれば、この世界は一人一人が作っているのだ。しかし多くの人はこの構造を知らずにお金を「投資」するのではなく「浪費」する。なぜならこのような構造を知らないからだ。

 

まあこのことに触れると長くなるのでこれくらいにしておく。

 

以上の理由から、NR JAPAN(株)はセミナーを無料開放するのではなく、有料開催している。とは言っても、いきなり何もわからないままお金を払うことも抵抗がある、気軽に学ぶことが難しい、ということも考慮し、導入部分である3日間のセミナーは比較的安価で提供している。

 

NR JAPAN(株)が目指す企業のかたちー心の平和から経済の平和までー

 

そしてNR JAPAN(株)は最終的にこの認識技術を活用し、世界最高・最大の企業を目指している。そして全世界のお金を「人間の可能性を開花させる産業」に投資したいと思っている。

 

IT技術・IT産業でいえば現在の世界最高・最大の企業は「Alphabet(Google)」であろう。

 

しかしNR JAPAN及び、NR Groupはそれをはるかに越えようとしてる。現在はセミナー事業を中心としているが、将来的には医療分野、IT分野など多様なジャンルに参入予定だ。しかしまずは「教育事業」が重要だ。

 

そしてこの先には、誰もがその教育事業を「仕事にできる仕組み」を構築している。現在「プログラミング言語」を活用できる人材がそれを「仕事」にしているように、「イメージ言語」を活用できる人材もそれと同様に、それ以上の「仕事」になり、金銭もしっかり獲得でき、現実的な「安定」も得ることができるようにしたいと思っている。それを現在は「尊厳塾システム」と呼んでいる。このことに触れてしまうと、さらに文章が長くなってしまうので、今日は触れないでおく。

 

なのでNR Group及び認識技術はこの、「イメージ言語」によって「心の平和」を、「尊厳塾システム」によって「お金の平和」を獲得可能にし、全世界を平和の力で再構築しようとしている。

 

いまはとても小さい一つの株式会社、グループ会社にしか見えないので、「なにを大きなことを言ってるんだ」と思うかもしれない。しかしひとつ理解して欲しいのはこれまではずっと「準備段階」であったということだ。株式会社でありながら「メイン商品・メイン技術」が完成していなかったのだ。20年という月日をかけて、多くの方の協力の元、やっと2016.5.31にその「メイン商品が完成した」のだ。そして今は、その「広げ方」を開発している。それが「尊厳塾システム」だ。

 

その2大柱が完成したときにやっとNR Groupの全容が見えると思う。おそらくiPhoneもPCも車も・・・創業当初は同じであったのではないかと思う。そのメイン商品が目に見える形で完成して、そしてそれをどのように活用できるのかを理解して、そしてそれを実際に使ってみて、初めて「あぁ、あなたはこれがしたかったのね」と理解される。

 

それでいえば現在のNR Groupは「半分完成、半分未完成」の状態である。なので、ごく一部の人以外からは価値を認識しづらいし、全容が掴みにくいのだと思う。これは我々の未熟さが生み出しているものでもあるし、現在の我々の状態がそもそも認識が難しい状態なのだ。

 

終わりにー認識技術及びNR Groupの理解のためにー

 

すこし長くなってしまったが、このような全体像を持ってNR Groupは世界を変革しようと思っている。私のつたない文章になってしまったが、すこしでもみなさんの理解の一助になったのであれば嬉しい限りである。

 

ぜひこれらの内容に興味を持った方はNR JAPAN(株)のHPからセミナーの申し込みをして欲しい。3日間の時間を割くことが難しい方は、Noh Jesuの著書と動画のリンクを下記に貼っておくのでぜひ一度拝見して欲しい。

 

なかなか現代社会でこのような本質深いことを考える機会はないかもしれないが、ぜひ一度立ち止まり、考えてみて欲しい。

 

「この世界とはなんなのか」

「人間とはなんなのか」

「自分とはなんなのか」

「この世界はどのように成り立っているのか」

「人間とはどのように生きるべきなのか」

「自分はどのように生きるべきなのか」

 

このようなことを無意識で社会はあなたに押し付けてくる。しかしそれは本当に正しいのだろうか。それは本当にあなたの可能性を開花させるものなのだろうか。それは本当にあなたが心から望むものなのだろうか。

 

それらを踏まえた上で、認識技術があなたが「答え」に出会えるキッカケに、そしてあなたの可能性が爆発するキッカケになれば幸いだと思っています。

 

●NR JAPAN(株)ホームページ

NR JAPAN株式会社 -認識が世界を変える-

 

●Noh Jesu著書

宇宙一美しい奇跡の数式

 

●Noh Jesu特別公演(約二時間)

j.mp

哲学・宗教・思想・科学の分類と定義ーそれらに共通した課題ー

人類はこの世界を理解するために様々な手法を用いいてきた。その中でも大きく「哲学・宗教・思想・科学」がある。

 

といってもそれらに厳密な分類はないが、自分なりにまとめてみようと思う。

 

そもそも「この世界の本質を理解しよう」とする試み自体を「哲学」と分類することができる。そしてその中に「宗教・思想・科学」がある。

 

まず「宗教」とは「死後の世界」も語り、「教義・教理」をもち、「集団を形成」し、「文化」までを形成する試みのことを言う。違う角度で表現すれば、「本質」を活用して、「集団形成」を試みているのが宗教であると言ってもいい。そしてそれは「死後の世界」を扱う。代表的なもので、キリスト教イスラム教、仏教・・・がある。

 

次に「思想・イデオロギー」とは、宗教よりもより「現象的・現実的」で死後の世界は扱わない。「どのように生きるか」に特化したものだ。代表的なもので、自由主義共産主義・・・などがある。

 

そして科学は「現象を観察して、その現象の法則から世界を理解しよう」とする試みである。科学というものは「宗教・思想」と比較すると、より客観的である。なぜなら、宗教・思想は人によって異なる。しかし科学は人間であれば誰もが「(ほぼ)同じ答えに行き着く」のである。重力方程式は誰もが同じであるし、慣性の法則も誰もに当てはまる。なので現代社会では科学がもっとも力を持ち、文化文明の発展に寄与貢献している。しかし、科学で解けない謎も実際に多く、それが現代社会の行き詰まりとも繋がってきている。

 

そしてこれら全てをまとめて「哲学」と呼ぶ。

 

これが世の中の定義とどの程度一致して、ど程度違いが生じているのかわからないが、現段階で私が思う分類はこのようになっている。

 

そしてこれら全ての共通点をいうならば、どの手法においても「答え」は得られていない。いや厳密に言えば「答え」を得た人はいるが、それを誰もが「共有」することが出来ていないのだ。

 

ということは人類は未だに「答え」を入手できていないことになる。「この世界とはなんなのか」「人間とはなんなのか」「自分とはなんなのか」が分かっていないのだ。

 

その原因とはなんであろうか。それは「自分と自分の宇宙がある」ことを前提とした探求方式である。

人類が歩むべき道ー旧基準点から新基準点へー

この世界を理解したい。

この世界を捉えたい。

 

それは自分を知ることであり、自分の生き方を知ることだ。

それは自分の存在意義を知ることであり、存在価値を認識するものだ。

それと同時に、他者とどのような関係を築けばいいのかわかることでもあるし、どのような社会規範を構築すればいいのかを知ることだ。

 

この世界を理解すること。正確に、客観的に、俯瞰的に。

 

それはどのような方法によって可能になるのか。

 

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を用いるだけで可能になるのであろうか。

それは否である。

 

我々の5感覚が捉えられる範囲はとてつもなく狭い。目の前の物質ですらとても大まかな捉え方しかできない。だから人類は「顕微鏡」なるものを開発した。遠くの物質は捉えることすらできない。だから人類は「望遠鏡」なるものを開発した。

 

それで世界は理解できるのか。

それは否だ。

 

ただ「観察」するだけでは不可能だ。

 

「この世界が何なのか」を理解するためには、「この世界を成り立たせている何か」を捉えられなければならない。ということは、もちろん「この世界」を捉えることも重要だが、それと同時に「この世界を成り立たせる何か」を捉えなければ、「この世界」を理解することは不可能になる。

 

では「この世界を成り立たせている何か」とは何なのか。

 

ある人はそれを「真実」と呼び、ある人はそれを「神」と呼び、ある人はそれを「空」と呼び、ある人はそれを「イデア」と呼び、ある人はそれを「膜」と呼ぶ。その世界を掴むことに成功した人もあれば、掴むことができなかった人もある。

 

人類歴史上、幾多の人が、幾多の方法でたどり着こうとしたその「答え」。その「答え」にたどり着くことができるのはたった一握りの人物だけなのであろうか。それとも人類は誰もそこに到達することが出来ないのであろうか。

 

そこにたどり着くことのできない人間は、ただ誰かの言う「この世界」を信じるしか、従うしかないのであろうか。誰かが作った世界のルールによって、踊らされるしかないのであろうか。結局人間は、教えるもの教わるもの、賢いもの賢くないもの、支配するもの支配されるものという構造から抜け出すことはできないのであろうか。

 

誰もが、自由と平等と愛と平和と、主体性と、尊厳性と、創造性と、自発性と、自営性を持った生き方をすることは永遠に訪れることはないのであろうか。

 

僕はそこに「No」を突きつけたい。違う表現をすれば人類誰もが、人間であれば誰もがその「答え」を得ることができるのだ。そしてその「答え」を得ることで、人類は一つになれるのだ。争いの歴史に終止符を打つことができるのだ。その美しい生き方が、その美しい文化文明が構築されることは可能なのだ。

 

人間が争う原因、人間が四苦八苦から自由になれない原因。それは人類が500万年間答えを得ることができなかった原因と同じだ。

 

その原因が「基準点」である。実は私たち人間は500万年間「基準点」を誤って、この世界を理解しようとしてしまっていたのだ。

 

私たち人間は当たり前のように「5感覚脳」を活用して、この世界を理解している。そして「5感覚脳」を基準点として、人生を営んでいる。それは誰もが当たり前のことだろう。しかし実はそれが大きな誤りだったのだ。その「絶対的当然」によって、この悲惨残酷な人類歴史は構築されてしまっていたのだ。

 

これは言うなれば、天動説が至極当然の基準点であった人類に、コペルニクスが突きつけた新・基準点である地動説すらも超える衝撃的事実である。僕たちの「5感覚脳」では絶対に回っていることが自覚できないこの地球が、実は回っているという事実。

 

では、現代社会につきつけなければならない新事実、新基準点とは何なのか。

 

それは「自分と自分の宇宙は実在していない」という基準点だ。

 

どう見ても、目の前の風景はある。音もある。触っている感覚もある。もちろん自分だっている。しかし、これら全ては「実在していない」のだ。そしてこの「自分と自分の宇宙が実在していない」という新基準点に到達した時に、「この世界を成り立たせている何か」と出会うことができる。

 

そしてその「自分と自分の宇宙が実在していない」という新基準点から、「この世界」を洞察した時に、全ての謎が解けるのだ。この世界が全て錯覚であり、ホログラムであり、スクリーンであったことが。そしてともて複雑であったこの世界を、とてもシンプルに捉えることが可能になるのだ。

 

ではどのようにすれば新基準点である「自分と自分の宇宙が実在しない」領域に到達することができるのか。

 

そのために重要なものは「道具」である。

 

例えばコペルニクスが「地動説」を唱えることが可能になったのは「天文学」という「道具」があったからだ。それは現代で言えば「科学」と言ってもいい。その「科学」の発展がなければ人類歴史はここまで発展することはできなかっただろう。

 

科学とは「現象を観察し、その現象共通の法則を見出す」方法のことを科学と呼ぶ。

※あくまでこれは現段階で僕が理解している科学である

 

しかしその科学では「自分と自分の宇宙が実在しない」領域には到達することができない。何故ならは「道具」が異なるからだ。

 

違う表現をすれば「自分と自分の宇宙が実在しない」領域には「5感覚脳」を活用している状態では到達することは不可能だ。なぜなら「5感覚脳」というフィルターを通った時点で、この現実は「存在」してしまうからだ。

 

ではどのような道具が必要なのか。

 

今までの人類も多くの道具を開発してきた。瞑想、滝行、問答、信仰、論理・・・しかしそれらでは不十分であった。まったく新たな道具が必要なのだ。

 

そのために発明されたのが「イメージ言語」である。この世界を理解するために、人類の叡智が詰まったまったく新たな言語である。

 

このイメージ言語によって、「この世界」を洞察することが可能になる。

※イメージ言語の詳細については是非認識技術を学んで理解してほしい

 

宇宙がない状態からどのように宇宙が誕生したのか

宇宙がない状態とはどのような状態なのか

宇宙がある状態とはどのような状態なのか

なぜ「無い」ところから「有る」ようになったのか

 

これらを「誰もが」「客観的理解」によって到達することができる。そしてそれは今までの宗教、思想、哲学、科学と何一つ矛盾なく繋がることができる。まさにメタ学問の完成でもある。

 

そしてそれは「今ここ」の自分の生き方とつながるのだ。それは、宇宙自然、歴史文明、時代精神、全てとつながった「人生」を歩むことが可能になる、という意味でもある。

 

宇宙全てを成り立たせている力と共に今ここ生きることができる。137億年の歴史全てを引っ張って今ここ生きることができる。それを「理解」の力で可能にすることができる。それは「イメージ言語」の価値だ。

 

そして「自分と自分の宇宙が実在しない」ことを理解することができれば、あなたは生老病死から自由になる。欲求欲望から自由になる。なぜならそれらが生まれる仕組みが全て観えてしまうからだ。だから全てを自らの意志で再構築することができる。目の前の現実に縛られることはもう無いのだ。

 

自分のからだを守ろうとするのは「自分がある状態」では至極当然のことだ。その「生存欲求」に縛られることで、「このからだの自分だけ」を守ろうとし、人類歴史の歯車は狂い出した。本当は「自他」は分離することが出来ない。そのことを宇宙の根源から理解した時に、あなたはすべての煩悩から自由になる。

 

これが僕の確信です。

 

「基準点革命」を起こすこと。それが現代社会に求められていることです。それはAIの登場によって、絶対条件となってしまいました。

 

この世界を、この世界を成り立たせている何かを、正確に客観的に洞察し、「人間」を理解し、「人間の方向性」を理解し、誰もがその方向性へ進むことができるように案内すること。それが現代社会に生きる人間の使命だと思っています。

 

フランス革命当時の若者が全世界へと「自由・平等・博愛」を広げたように、現代社会では人間の「主体性・尊厳性・創造性・自発性・自営性」を誰もが獲得できる、そのことを広げなければならない。

 

そしてそれは人類の英知である「イメージ言語」によって可能になったと。僕はそう思っています。

 

人類が500万年間夢にまで見た、全人類が愛と平和と尊厳に満ちた文化文明を。全人類が一つになって、この現実世界を謳歌するその時を。鬱・自殺・殺人・戦争のない、希望にあるれたその社会を。僕は創りたい。この時代に生まれた者として。

 

そのためには「この世界」を客観的に洞察しなければならない。そのためには「この世界を成り立たせる何か」を客観的に洞察しなければならない。そしてそれを誰もが共有可能なものにしないければならない。

 

そしてその道具は完成した。もう進むだけだ。前進するだけだ。拡散するだけだ。

 

人類よ。絶望はない。希望を持って。

組織における問題解決〜素晴らしい意思決定が可能な組織の構造の構築が優先順位第一〜

組織は難しい。

 

たくさんの人が集まり、たくさんの判断基準がぶつかり合う。その人たちを一点に向かわせることは至難の技だ。

 

一人一人が重要視していることは違う。一人一人が大事と思うことも違う。一人一人の認識画面は全く違う。一人一人が経験してきたことも全く違う。

 

その人たちを「一点」にすること。組織が少数なのであれば、その違いは逆に利点となるだろう。組織が大規模になれば、どんどん動きが遅く、意思決定もシャープではなくなる。進化発展も起きづらくなる。しかし、小さい組織はどうしても大きい組織に勝つことは難しい。

 

国家、宗教、政党、企業、家庭・・・全て組織だ。これらをまとめることは本当に難しい。お金、歴史意識、理論、物語、系統、教育・・・様々な方法で組織は組織化されてきていた。

 

人間はなからず組織を構築する。

 

では理想の組織の状態とはどんな状態なのか?その組織はどのように組織化されていくのか?理想の組織にはどのような要素が必要なのか?

 

まず何よりも必要なことは「意思決定の仕組み」を均一化すること。「基準点」を均一化することにあると思う。それは「いまをどう観るのか」ということでもある。「この世界をどう認識するのか」でもある。「人間とはなんなのか」「人間はどこに進むべきなのか」でもある。「この時代はどこに向かうべきなのか」でもある。

 

人類はいままで「5感覚脳」を意思決定の基準点として生きてきた。そしてその意思決定はどんなに努力しても「全員バラバラ」であり、その基準点から自由になることは不可能だ。だから結果的に「自分の意見を我慢する」「自分の意見を押し付ける」ということなる。それは力が強い者か、経済力を所有した者か・・・様々な基準点があるが。

 

それを「観点の問題」とした時に、本当に賢い、全体と部分が一致した意思決定をするためにはその「観点の問題」をクリアしないと不可能だ。観点の問題をクリアした状態とは「観点をゼロ化」させ、「観点を再創造」できる状態。違う言葉で言えば「知ってる世界から自由」な状態になること。それは「観点が生まれる仕組みを理解すること」でもある。

 

そのためには「観点がどのように生まれるのか」「知はどのように生まれるのか」を理解すること。

 

それがまず何よりも必要なこと。

 

では次に「自分の観点をオールゼロ化」させた後に、どのように「意思決定をしてくのか」という問題。そのために必要なのが「客観的理解」である。それは「自分の主観による意思決定」ではなく、「客観的理解による意思決定」である。

 

そのために大事なことは、宇宙が生まれた仕組み通りの意思決定。森羅万象の仕組み通りの意思決定。人間勝手な独断の理解ではなく、宇宙自然・歴史文明・時代精神とつながった意思決定。全てに共通する仕組みに則った意思決定。宇宙進化のメカニズム通りの意思決定。

 

と表現することができる。実は宇宙誕生の仕組みはまさに「イノベーション原理」「進化発展の仕組み」そのものなので、その仕組み通りに意思決定をすれば、もっとも効率良く、美しく意思決定することができる。

 

しかし、人間はその仕組みを理解し活用することが難しい。なぜなら「観点」にとらわれ、この世界を正確に観察観測することができないからだ。だからたくさんの無駄を構築し、組織内部での人間関係の無駄、意思決定の無駄を多く作ってしまっている。

 

なので宇宙創造の原理に則った意思決定をすることで、人間の無限の可能性が花開くし、その「人類共通の意思決定」をすることで、無駄なジャッジ・争いはなくなる。

 

なぜなら誰もが知ってる世界から自由なので、自分の意見に固執しないし、宇宙の仕組みから自分の意見、相手の意見を観察・判断し、融合させ、もっともよい意思決定・結論を出すことが可能であるからだ。

 

なので、理想の組織を構築する上で重要なことは以下になる。

 

①観点の問題を理解すること

②観点のオールゼロ化をマスターすること

③「観点が生まれる仕組み・宇宙創造の仕組み」通りの意思決定原理をマスターすること

④組織の人間が上記のことをマスターすること

⑤その上で、意思決定をすること

 

そうでなければ、必ず組織の意思決定にはストレズが生じ、「支配するもの・されるもの」「我慢するもの・しないもの」が発生する。それは小さい組織であれば感じにくいが、原理上は必ずそれが発生するのだ。

 

だから組織で「ここは自分の馬に合わない」「ここは自分にぴったり」など、「元々自分が持っている基準点に合うか・合わないか」でしか組織を選択することができない。

 

そうではなく、上記の①ー⑤をマスターしていれば、どんな組織に所属しようと、またどんな組織を構築しようと、それとは全く関係なく、組織全体を上昇させることが可能になる。

 

なので「何をやってるか」が重要なのではなく、「素晴らしい意思決定が可能な組織なのかどうか・その構造を持っているのか」がまず組織が優先順位第一に取り組まなければならないことで、その上で「じゃあ私たちは何をしようか」という話になる。

 

なので、僕が見ては(すいません、組織のパートはまだあまり詳しくないです)現在結果を題している組織、成長している組織はある程度「意思決定をするための構造」が構築されていると感じます。なので「何をするか」はそんなに重要ではないので、この激しい変化を求められる時代でも生き残っていいけるのだと思います。

 

なので重要なことは組織が「素晴らしい意思決定をするための構造」を持っているのかどうか。そのためにはその組織に所属する人間が「素晴らしい意思決定が可能な個人の状態になっているのか」が大事だと思います。

 

ということは、最も重要なことは「素晴らしい意思決定を可能にさせるための教育」ということになります。なので最も組織が取り組むべきことは「教育」なのです。

 

しかし「教育」というものは本当に時間がかかるし、人間を変化させることは本当に難しいことです。なので大体の企業は「採用」を重要視します。それは「ある程度意思決定ができる個人を揃えて、教育はしない」という方針の方が、コストも時間もかからないから賢いやり方だからです。それはその通りと思います。人間を変化させることは本当に難しいことです。

 

しかしいつまでたってもその「教育」に着手してないがために、組織が困っています。人材不足で。人はいるけど、欲しい人はない。

 

本当は政府が本気で取り組んでいかないければならないのですが、政府はそこまで取り組む余裕もないですし、そんな賢い人がいないです。多くの政治家は目の前のことで必死です。

 

でもこの問題は放っておいたら、もっともっと問題は肥大化します。なので、このことは誰かがいつか取り組まないとならないのです。

 

僕はその役割を「認識技術」に見ています。Noh jesuを中心とした日本人たちが、20年の研究開発の末、上記の①ー⑤を可能にする教育体系化に成功。そして現在は、企業としてそのことに取り組み、人間一人一人の①ー⑤の変化を可能にさせながら、それが経済活動とつながり、その上で、この社会全体へ、長い時間をかけず広がるような仕組みを現在構築中です。

 

僕はこの仕組みさえできてしまえば、上記の組織の問題は一気に解決すると思っています。なぜならその教育が本物であると確信したらです。あとはどれだけ多くの人がこの教育を受け入れることができるのか、だと思います。

 

そしてこの教育を世界に広げよう、と主体性を持つことができる人がどれだけ現れるか、だと思っています。なかなか、日本人はその主体性発揮、特にこのようにいままで誰もやったことのない世界、道無き道を進むことは苦手ですが。

 

この技術自体の全体像を理解さえできれば、その主体性は生まれると思います。ただ、いままでの思考方式とは全く違う、言うなれば天動説から地動説に変化させるような教育ではあるので、いままでの価値観を重要視している人は、少し受け入れることが難しいかと思います。

 

でも、どんな人でも理解は可能です。すこし理解する時間に差があるだけなので。

 

なので、僕は組織における意思決定の問題は上記のような流れで解決が可能だと思っています。

 

とりとめもなく、長い文章で失礼しました。もっと整理できるようになったらまた書かせてもらいます。

「インターネット・SNS」によって起こった人類最大の革命の物語を完成させるためにー「答え」を持った教育がなければこの革命は破綻するー

人類の歴史を遡れば様々な共通点が見えてくる。

 

僕が最近気になるのは「人類が何を知りたがっていたのか」である。そのことを見たときに人類が良く見える。

 

僕が見ては基本的に人間は「この世界とはなんなのか」という問いを良く用いてきた。それは「哲学」「宗教」に始まり、科学の世界もそうだ。宇宙論、物理学、数学、生物学・・・すべてが「この世界を理解したい」という探求から始まっている。

 

そしてもう一つが「人間はどのように生きるべきなのか」という問いだ。これについてももちろん「哲学」「宗教」から、「思想」や経済学や政治も僕はこの分類と思っている。俗に言う社会科学なのかな。

 

自然科学、人文学、社会科学という方法を用いて人類は「この世界」を理解し、我々人間が「どのように生きるべきなのか」を追求してきた。

 

そのように見たときに、ではその二つの問いに対して人類は答えを導き出すことができているのだろうか?

 

その答えはNoだ。どんな哲学者も宗教家も科学者も答えを導き出せてない。すべての答えは「推測」の域をでない。なぜなら誰もが納得できる論理体系、どのジャンルから見ても整合性の取れる答えを得ることができていないからだ。

 

ということはまだ人類は500万年の探求の旅を終えていないのだ。ということは「この世界」に対して、「どう生きるのか」に対して誰も方向性を示せていないことが明らかだ。

 

それでも、世の中は回っている。ほとんどの人は今の社会の「常識」というものが「絶対的に正しい」という考えの中で。

 

なぜそのような構造になってしまうのだろうか?

 

端的に答えれば「教育の問題」である。生まれた瞬間から「これはこういうものだ」と教われば、それはその人間にとって「絶対的な真実」となる。そして基本的に現代社会の教育方針は「暗記」が中心であるので「思考力」が育ちにくい。

 

これは「社会を動かす側」の人間にとってはとても「都合の良いこと」である。しかし逆を言えば、社会を動かす側の人間次第で、それらすべての人の運命が決まってしまうことでもある。この構造の上で生まれた人間は、「だれに社会を動かしてもらうのか」「だれをリーダーとするのか」をなかなか選ぶことは難しい。なぜなら「思考力を奪われ」「常識」を刷り込まれているからだ。

 

逆に「思考力」を育てる教育をしてしまっては「社会を動かす側」の人間からしたら都合が悪い。自分たちの方針に対して「No」を突きつけられ、自分たちが創造した秩序を壊される可能性が増加してしまうからだ。自分の生存を守る「生存欲求」を中心としている人間という生物にとっては、その構造はできる限り避けたいのが通常だ。

 

であるので、結果的に採用される教育は「思考力を育てない教育」になる可能性が高い。また、教育だけではなく「社会システム」自体も、そのシステムが破壊される可能性をできる限り排除したいので、「考えにくくする状態」を作るシステムが採用されやすくなる。

 

これは自分たちの答えに自信が無ければないほどそうだ。逆に自分たちの答えに自信があればそこまでする必要はない。いくら思考しても壊される心配がないからだ。

 

これらのことを考慮した上で、今の社会構造を洞察すると、とても納得のいく部分が多くある。しかし実はいま、この構造が崩れ始めている。なぜ?それは「インターネット・SNS」の出現によるものだと思っている。

 

いままで情報というものは一部の限られた人物しか発信することができなかった。逆に言えば何を発信するのかを取捨選択出来たということだ。これはものすごい大きなことだ。特に「テレビ」という手段において。

 

しかしその構造が「インターネット・SNS」の出現によって崩れ始めた。「誰もが」情報を発信することが可能になった。このことはものすごいパラダイムシフトだ。まさに「革命」といってもいいだろう。ここ近年起きている「情報革命」は僕が見てはいままで人類がなし得たことのない「ボトムアップ型社会」「社会を動かす側と動かされる側のボーダレスシステム」の始まりだと感じている。

 

僕たちはものすごいツールを手に入れたのだ。それを自覚しているかどうかは置いておいて。

 

しかし足りないものがある。それが「教育」だ。いくら「情報発信の手段」を手に入れたとしても、そもそもその主体が「何を発信するのか」がいままでと変わら無ければ、さほど「インターネット・SNS」の価値はほぼない。

 

最近話題になっている「フェイクニュース・post truth」はそのことを意味している。

 

そもそも僕たちは「思考力を奪われた」状態で生まれてきているので、「発信する情報の価値が低い」となることが否応なしに襲ってくる。これは別に批判するわけではないが、奴隷が当然だった時代に、いきなり奴隷が解放されたとしても、なかなか秩序だった社会を構築することは難しい。なぜなら彼らは「奴隷としての教育」しか受けていない状態だからだ。僕が思うに、いまの社会もそれとあまり構造自体は変わらないと思う。

 

だからこそいまの時代は「人間の上昇」が必要な時代だと思う。ツールは揃っているからだ。ではそのためには「どんな教育が必要なのか」という問いになる。

 

その答えが冒頭にも述べた「この世界」に対して、「人間はどう生きればいいのか」に対しての答えを明確に規定した教育。もっと言えば、今までの宗教、思想、哲学、科学などあらゆる学問と何ら矛盾のない答えを指し示し、全人類が納得することができる「教育」を完成させ、その教育を「グローバルスタンダード化」させることだと思う。

 

その時に初めてすべての人間の「主体性・創意性・尊厳性・自発性・自営性」が発揮され、いままで人類が開発したすべての道具を無限大活用することができる人類文明を送検することが可能になる。

 

そう、人類は「答え」がなかったのだ。だから人類歴史はとても悲惨・残酷なものであった。逆に言えば「答え」があれば、もっと言えば「答えがわからなかった原因」さえわかれば、もっともっと美しい文化文明を創建することが可能になる。

 

そして「インターネット・SNS」を通じても、もっと人たちの可能性が開かれるような、もっと人たちが幸せになるような、もっと人たちのクリエイティブが生まれるような情報を発信することができる。

 

そして自分の権威やポジションに縛られることだってなくなる。なぜなら答えがわかれば「生存欲求」の仕組みからも自由になるからだ。やっと人類がエゴから自由になり、全体感を持った生き方が可能になるのだ。

 

そのために必要なのは「答え」であり、その答えを誰もがわかるようにさせるための「教育・技術」である。

 

それが僕の結論であり、僕はその役割は認識技術にあると確信しています。