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"I am"ー尊厳ある社会の実現に向けてー

この世界とは何なのか、人間とは何なのか、自分とは何なのか。認識技術によって開かれる未来文明

奮い立たされましたーザッカーバーグのハーバードの卒業式スピーチー

 

 

keizokuramoto.blogspot.jp

 

とても印象的だった言葉は、「僕ら世代の課題」という言葉。

 

じゃあ僕らは何を待ってるんですか?「僕らの世代の課題」に取り組むべき時です。数百万人の人々をソーラーパネルの製造と設置に巻き込んで、気候変動問題を止めるというのはどうでしょう?すべての病気についてボランティアを募って彼らのヘルスデータと遺伝子データを集めるというのは?今日僕らは病気になる前に診断して対処するよりも50倍以上もの費用をかけて治療をしています。そんなことは馬鹿げていますね。なんとかしましょう。 

 

すべての世代が、「平等」という言葉の定義を押し広げてきました。上の世代は、投票権公民権について戦った。それらはニューディール政策とグレイトソサエティ政策に結実しました。今、僕らの世代が僕らの世代の新しい社会契約を結ぶべき時なのです。

これからは、GDPのような経済的指標だけでなく、どれだけ多くの人間が、意味のあると感じられる人生を送れているか・・といった指標で社会の進歩を測っていくべきです。だれもが自分の新しい挑戦ができる余地が与えられるような、ユニバーサルベーシック・インカムのような制度が検討されるべきだ。 

 

多くの先人たちが「自分たちの世代の課題」を突破してきた。そうであるならば「僕たち世代の突破すべき課題」とは一体なんなのでしょうか?

 

いま我々が取り組むべきはなんなのでしょうか?

 

僕は「すべての問題の根本原因の解決」であると確信しています。

「命をかける」という感覚※備忘録として

※備忘録
 
最近ようやっとわかってきた感覚がある。
 
それが「命を掛ける」という感覚だ。
 
常々考えていたのだが、今までの歴史上の人物、また僕の周りにも数人、本気で「自分の命を掛けて、何かを成し遂げよう」としている人がいる。
 
もちろん口先で言っている人は結構いるが、実際にそれを実践している人は少ない。
 
彼らを見て思っていたのは「なぜそこまでして、そんな事が出来るのだろうか」という事だ。
 
人間はやはり自分が可愛い。結論的に言えば条件反射で自分を守る事が根底の生存欲求にある。そう考えれば、そのような生き方は出来る限り選びたくないし、「どうすれば自分の生存欲求を満たせるのか」が究極的人間の本能だと思う。
 
そんな中で彼らはなぜそのような生き方が選べたのだろうか。それはどんな感覚なのだろうか。自己犠牲の精神なのだろうか。それとももっと他に何かあるのだろうか。
 
自分自身も「命を掛けた生き方」がしたいとは思う。しかしそれは同時にある意味「自分の一番大事な事を捨てる事」と同じだ。
 
どうすればそんな事が可能なのだろうか。そんな風に思っていた。
 
そんな疑問が最近少しづつ溶けてきた。というか頭での理解から、感覚の理解にまで変わってきた。
 
結論的に言えば「自分の命以上に大事な事」が見つかった時にその感覚は得られるということ。違う言葉で言えば、「生死を超える」「死の恐怖を超える」事でその感覚は得られる。
 
今はうまく表現できないが、「生きる」という事が「この体の自分を満足させる」という感覚ではなく、「伝言ゲーム」や「リレー」のように感じられる。
 
前の世代からどのような「伝言・バトン」を受け取り、次世代にどのような「伝言・バトン」を渡すのか。その事だけに興味が向くようになる。
 
違う表現をすれば、自分の命が「道具」になり、「どれだけ最高の使い方をするのか」になるのだ。
 
その感覚になった時に、歴史文明の意志に、宇宙自然の意志に、宇宙自然すらも成り立たせる世界の根源の意志に猛烈な興味がわく。それら全てが凝縮された「現代」というものに猛烈な興味がわく。
 
そして、それら全てを引っ張って「次世代に何を残すべきか」という結論を導き出したくなる。
 
「この命を使って、何を残すのか」
 
その事に興味がわく。その事に集中がいく。その事を悩むようになる。そしてその結論が出た時に、「自分」の人生がやっと始まる。
 
全ての出会いが、全ての時間が愛おしくなる。相手の心に、今の時代に、メッセージを送りたくなる。
 
そしてこの感覚はやはり「実践」しなければ得られないだろう。頭だけでは到達できないだろうと思う。なぜなら僕たちは細胞レベル、DNAレベルで「生存欲求」が刻まれている。
 
僕もまだまだ諸先輩方には及ばないが、とても大事な感覚だと思ったので備忘録として残しておこうと思う。
 
「どのように死ぬのか」
「何を残して死ぬのか」
「次世代に何を渡すのか」
 
今ここ「死」を選択する事で、本当の「生」が選択できる。それが本当の人生であると思う。「生」に縛られていては結局人間は自由になれないのだ。
 
常に生死を越えた自分で、今ここを選択していくことにしよう。

いま、知るべきこと。ー諸葛亮孔明、老子、五常、各宣言文、ー

完全に僕のメモです。

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諸葛亮孔明

app.k-server.info

 

老子道徳経

老子のすべて(道・徳)全81章【無理するな自然体で生きよ】教師必読書(学校いじめ対策) [ 原文・読み下し・日本訳・英訳]

 

アメリカ独立宣言

americancenterjapan.com

 

フランス人権宣言

ch-gender.jp

 

玉音放送

www.huffingtonpost.jp

 

ルーズベルトに与うる書

ルーズベルトニ与フル書 - Wikisource

 

五常

www.head-t.com

尊厳とはー辞書の解釈と僕の考えー

まずは辞書で調べると、以下が出てくる。

 

尊厳とは

 

とうとくおごそかなこと。気高く犯しがたいこと。また、そのさま。

のこという。

 

尊いとは

崇高で近寄りがたい。神聖である。また、高貴である。

きわめて価値が高い。非常に貴重である。

高徳である。ありがたい。

厳かとは

重々しくいかめしいさま。礼儀正しく近寄りにくいさま。 

 

 

では、それらを踏まえた上で僕が思う尊厳とは、

誰にも侵すことのできない権利

ではどのような権利なのか

決めつけることのできない無限の可能性そのものであること

この尊厳が土台にあってこそ、自由、平等、博愛が可能になる。

 

ではどのようにすれば尊厳が守られるのか。

 

僕はそれは「自らの力」でしか、守ることはできないと思う。もちろん法の整備や、周りの力なども必要だとは思うが、それはあくまで補助的なものだ。最も重要なことは「自らの力」で「自らの尊厳を守ること」である。

 

では、どのようにすれば「自らの尊厳」を守ることができるのか。

 

それは「尊厳とは何なのか」に対する「明確な理解」によってでしか可能にならない。

 

そして「尊厳とは何なのか」を理解するためには、「この世界の根源」を理解しなければならない。その根源こそが尊厳そのものなのだ。それは「全ての存在の出発点」であり、「存在が存在たる所以」でもある。それが「尊厳」なのだ。

 

違う言葉で言い換えれば「あなたがあなたである権利」が「尊厳」とも言えるかもしれない。その権利を獲得するために、まずはあなたが「自分が何者なのか」を理解しなければならない。

 

それが「尊厳」だ。

周りによって決められる「正しい人間」と「おかしい人間」ー個性を殺され、"答えのない教育"による被害者たちー

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※所要時間:5分〜9分(約3300字)

 

現代の日本という国は、とても生きづらい。いや、他の国や、一昔前もそうだったのかもしれない。でも僕はその時を知らない。それでもやっぱり生きづらい。

 

この国が言う「個性」とは何なのだろうかー環境によって決められる「正しい人間」と「おかしな人間」ー

 

この国が言う「個性」とはなんなのだろうか。

 

学校では突飛な行動、皆と違う表現、自分の感情を出すことは、暗黙の了解で何よりの「タブー」とされている。皆と同じ行動をすることが「正しい人間」としての証だ。それができない人は「おかしな人間」として扱われる。

 

このことは何を意味するのか?

 

本来の形であれば、「人間」があって「学校・規律・ルール」があるはずなのに、それが逆転し、「学校・規律・ルール」ありきの「人間」になってしまっている。

 

人間とは生まれながらに無限の可能性だ。人によって個性も違う。感じることも違うし、得意・不得意や、表現の仕方だって違う。しかしそのことを理解せず、日本社会は「枠」にはめたがる。「皆と同じ形」にしたがる。

 

それが悪いとは思わない。やり方が問題だ。本人に対して「理解のない」ままで、「あなたはおかしい」とでも言わんばかりに、「強制的に」その形が当てはめてくる。本人の意志、主体性、尊厳性なんて全くの無視だ。ただ型に当てはめるだけ。「子供は未熟」という中心論理を道具にして。

 

この結果、子供の心は殺されていくー自分を押し殺し、周りに合わせ、我慢し続ける人生のスタートー

 

これによってどうなってしまうのか。子供の心が殺されていくのだ。

 

子供は本当に柔らかい。どんな形にでもなれる水のような存在だ。だからこそそんな時期に、周りがどのように子供に接するのかがとても重要だ。

 

そんな重要な時期に、いまの日本社会は「子供の心を殺す」ことをしている。「あなたは間違えている。だからこうしなさい。」「あなたはおかしい。だからこうしなさい」「あなたはおかしい・・・」その繰り返しだ。逆に心を殺し言うことを聞く子供には「よくできたね。えらい」との言葉が返ってくる。

 

このことによって子供は「あ、自分の思いや感情を出すことはダメなことなんだ。逆に自分の意志とかではなく、周りの言うことを聞くこと、周りと同じことをすることがいいことなんだ。」という中心論理を持つようになる。

 

もちろんこれが全員ではない。子供によっては、家庭環境などの複合的なバランスによって、上記に当てはまらない人もいるが、多くの日本人は上記にならざるを得ない。

 

そして、上記のような子供は「我慢し続ける人生」を歩まざるおえない。子供の頃の経験というのは大きい。説によっては「0歳〜12歳」までで、「90%の人格」が形成されるとも言われている。大人になって変わろうとしても、変えることがほぼ不可能なのだ。

 

そして我慢し続け、自分の感情もわからず、会社で給料をもらい、家庭を築き、その人は自分がされたことと同じ教育を子供にすることになる。これは、その人が人生の途中で何か特殊な経験でも積まない限り、ほぼエンドレスに続く。

 

そして生きることに疲れた人間は自ら命を絶つ。心がおかしくなった人は、うつ病と診断される。人生がつまらなくなった人は、家に引きこもる。

 

これが「生きる」ということなのだろうかー社会の諦めによって、放置された子供たちー

 

これがいまの日本の現状だ。人間とは、こんなもんなのであろうか。日本は、世界は、人類は、そんな存在を誕生させたいのであろうか。

 

僕はそこに「No!!」と言いたい。

このことは日本にとって、世界にとって、人類にとって、大いなる損害であり、未熟である。

 

いまの社会が求めている人材は「主体性・創意性」ある人材だ。なぜならば一昔前のような産業革命の恩恵を受けた「大量生産・大量消費」の時代は終わり、今までにない「新たな時代」を切り開いていかなければならないのが今の時代だ。

 

だからこそこれからの時代はもう「会社の言うことを聞くだけ」「上司のいうことを聞くだけ」「社会の言うことを聞くだけ」の人材はどんどん淘汰されていく。そしてそんな人材しかいない企業、都市、国家は衰退していく。

 

会社の言うことを聞いていればお金がもらえる時代はもう思ったのだ。

 

だからこそ就職でも「ポテンシャル採用」が始まるなど、企業は「即戦力」が欲しい。しかしそんな人材がない。なぜ?

 

単純だ。「育ててないから」である。

 

そんな育てる仕組みも構築しないくせに、「最近の若者は・・・」「ゆとり世代は・・・」と文句を垂れるだけである。欲しいのであれば、作らなければならない。

 

しかし彼らは、今の社会はその「人材の作り方・育て方」がわからない。だから彼らが力を入れるのは「採用」だ。一流企業であればあるほど「採用」を重要視する。それくらい「教育」というのは難しい。だからそこは諦めて、国家に、誰かに委ねているのが今の社会の現状だ。

 

ではその「諦め」による一番の被害者は誰であろう?そう。「子供たち」である。

 

子供たちは判断力がない。何かを知っていそうな大人に攻められれば、無意識は「自分が悪い」と思ってしまうのは当然だ。学生時代もそうであるが、就職活動の時期、就職してからも、責められれば「自分のせい」であると無意識に思ってしまう。なぜなら彼らに「判断力」は与えられていない。与えられた能力は「自分を殺して合わせる力」である。

 

感情を殺し、思考を殺し、自分を殺し、心を殺す。これが本来の人間の生き方なんだろうか?

 

僕の個人的意見を言えば、腹が立ってしょうがない。ーたくさんのトラウマによって、人間を傷つける社会ー

 

僕個人の意見を言えば、僕はこの社会の現状に腹が立っている。人間の可能性を殺し、個性を花開かせることができない現代社会に。現代日本に。

 

人は皆トラウマだらけだ。それを本人が自覚しているかどうか、周りが自覚できるかどうかは置いておいて。素晴らしい両親や環境に恵まれない限りは。目に見えない多くの傷を抱えている。

 

僕はこの現状を見て見ぬ振りなど出来ない。

 

今の僕が住むマンションのどこかの部屋では、一人苦しんでいるがいる可能性だってある。今この瞬間に半径1km以内に自殺を考えてる人がいる可能性だってある。地球の裏側では食べ物すらまともに食べられない人がいる可能性だってある。

 

こんな傷だらけの社会を放っておくことは出来ない。

 

だから僕は教育を変革し、社会を変革したいー「答え」を持った、認識技術の可能性ー

 

だから僕は認識技術を使って、教育を変革して、社会を変革して、こんな社会を終わりにさせたい。人間の無限の可能性を花開かせる教育を、社会を構築したい。今まで人類は「答え」がなかったのだ。

 

「人間とは何なのか」

 

この問いに答えることができなければ、教育は完成しない。人間が「どこから来て、どこに行くのか」という問いに答えることができなければ、教育は完成しない。人間が「そんな素材で、どんな仕組みで、どんな目的で存在しているのか」という問いに答えることができなければ、教育は完成しない。

 

そのことがしたい。

 

トラウマを乗り越えるためには、トラウマを溶かさなければならない。そして、トラウマを溶かすためには、トラウマが生まれる仕組みを理解しなければならない。そしてそのことを理解するためには、思考・感情の「仕組み・素材・目的」を理解しなければならない。

 

そのことはNR JAPAN主催のセミナーや、僕が個人的に行っているセッションでお伝えしている。またそこまでの時間やエネルギーが投入できない方へは、以下の記事でもさわり程度なら理解できるかと思う。

 

僕はこのことを全人類に知ってほしいと切に願う。

 

最後にー共にこの時代を生き抜いていこうー

 

そして最後にお伝えしたいことは「自分を責めないでほしい」ということだ。なぜならあなたはたくさんのトラウマを持っている。そして大概の人はそれをわからず、あなたを理解しないままに、あなたに言葉を投げている。

 

それはあなたの心に刺さるだろう。それでも気にしないでほしい。相手はあなたを分かっていないから。

 

だからこそ恐れず、堂々と、これからの時代を共に生きていこう。

 

 

rtomizawa.hateblo.jp

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あなたが"存在するだけ"でお金が発生する「資本主義」の素晴らしさと弱点ーあなたと意志とは関係なく"ルール"は勝手に決まっていた。ー

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※所要時間:5分〜8分(約3000字)

 

今日はあなたの身近なこととつなげて、資本主義について書いてみようと思う。

 

現代の資本主義というパラダイムに生きる僕たちは「存在している」だけで「お金が発生する」ようになっている。

 

あなたが「存在するだけ」でお金が発生するシステムー資本主義とはどんなもの?ー

 

どういうことかというと、そもそもこの社会はお金によって回っており、お金によって全てのものの価値が決定されている。ということは「人間が生きる上で必要なこと」は「全てお金によって成立」している。

 

「税金」というものについてーあなたの意志に関係なく決まったルールー

 

その代表例としてまず挙げられるのが「税金」だ。

 

日本を例にすれば、私たちは生きている以上税金を収めなければならない。具体的には、「所得税国民健康保険、厚生年金保険、雇用保険、住民税」があげられる。これらを支払わなければならない理由は単純で、「そのように決まっている」からである。

 

僕たちの意志とは関係なく、国民に「サービス」を提供することになっており、そのお金を国に払うのだ。これは今までの流れを加味して「それが一番良いだろう」となってしまったものだ。

 

これは別に「善い・悪い」の議論をしたいのではなく、「そのようになっている」という話だ。逆に言えば誰もこれらを支払わなければ、それはそれで大変だ。道路もないし、信号もないし、ガードレールもない・・・など、実は見えないところで私たちは税金の恩恵を享受している。

 

「生活費」についてー「生きる上で最低限必要な経費」も勝手に決まってた。まるで「普遍的真理」であるかのようにー

 

そして次に考えるべきは「生活費」だ。

 

生活費とは「生きる上で最低限必要な経費」ということにしよう。生存欲求を満たす「食事・・・」などから、安全欲求を満たす「住居・・・」など、様々だ。※以下のマズロー欲求段階説を参考に。

自己実現理論 - Wikipedia

 

これらの「生活費」も、私たちの「意志とは関係なく勝手に」決まっていたものだ。決まっていたこととは、「全てのものに値段をつけて、お金によって取引可能にする仕組み」である。

 

このように私たちは自分たちの意志とは全く関係なく「勝手に決まったルール」の上で生きている。それがさも「普遍的真理」であるかのように。

 

ルールに従わないとどうなるの?ー様々な「罰」によって成り立つ資本主義ー

 

ではこのルールに従わない場合はどうなるのであろう。

 

その方法は幾つか挙げられるが、税金を滞納した場合は「財産の差し押さえ」である。また、金銭を稼げず「人から奪う」「嘘をつく」などをした人は、「刑務所」行きである。またルールに従えない一部の人は、「死」に至ることもある。

 

とはいえ、しっかりとしたフォローシステムもあるー結局「罰」からは逃れきれないけどー

 

しかし、資本主義も残酷なわけではない。しっかりとそのような人たちを守る仕組みも構築している。

 

それが「生活保護」といわれるものだ。これによって、「お金を得られない人」へのフォローはしている。

 

しかしそれでも、「ホームレス」という存在はある。彼らも論理上は生活保護を受けることはできるのだが、様々な理由もあり、ホームレスを選択している。

 

またお金がない場合の大きな「罰」としては、「社会的弱者の扱いをされる事」も大きな要因となると思う。人はどうしても(特日本人)「平均以上でありたい」という欲求がある。これが「社会的欲求・承認欲求」とも繋がってくる。

 

このように資本主義は、「ルールに従わない人」に向けた、「罰」と「フォロー」を活用しながら成り立っている。

 

それでも僕が資本主義を賞賛する背景ーまずは歴史の流れに沿ってー

 

ここまでを聞いて、皆さんは「資本主義」に関してどのように感じられているだろうか?

 

様々な見解があると思うが、僕個人としては「素晴らしい仕組みである」と感じる。ではそれはなぜだろうか?

 

人間は社会的動物であり、何をするにしても「団結・チームプレイ」が必ず必要となってくる。そう考えたときに、資本主義が誕生する前は「どのような仕組み」によって「どのような団結をしていたのか」を考えると資本主義の素晴らしさが見えてくる。

 

それを昔は、「神」という概念によって人たちを団結させたり、「血筋」によって人たちを団結させたり、「暴力」の力によって人たちを団結させたり、などの方法が用いられてきたと思う。

 

しかしその方法に対して、多くの人たちが「理不尽」や「憤り」を感じ、新しい方法を欲しがった。それが「フランス革命」でもあったと思う。そしてその助けとなったのが、ニュートンによる「力の概念」の発見や、デカルトによる「座標軸」の定立などがあったと思う。

 

その頃と比べたらどうだろうか?

 

僕が資本主義を賞賛する背景ー人類の多くの未熟をカバーした仕組みー

 

資本主義とは、「誰かが勝手」に「ものの価値・自分の仕事の価値」を決める世界から、その頃に比べれば「客観的」に「ものの価値・自分の仕事の価値」が決まっていく世界だ。

 

いうなれば、「世界秩序の基準点」を定立したのだ。そして「自分の実力次第」で、「誰もが王になれる仕組み」にもなっているのが資本主義だ。

 

この「基準点を定立」した事により、「全世界」が「同じ指標」を元に「やりとり」が可能になった。これは違う表現をすれば「全世界がチームプレイ・団結」している状態である。(もちろん一部、取引できない地域もある)

 

これらから言えることは、資本主義のシステムを人類が導入したことによって、「一部の地域だけでのやりとり」から「全世界でのやりとり」することが可能になったのだ。そして「一部の人間による支配」から、「誰もが王になれる」ようになったのだ。それが資本主義の中心論理である「個人・自由・競争」である。

 

僕たちは資本主義のどのような恩恵を受けているの?ーあなたが当たり前と思っているその権利は、資本主義によって享受されたものー

 

このことの発明によって、僕たちは生まれながらに「王に支配されない・王の奴隷でない」状態で、「自分が王になるチャンス」も与えられている状態だ。この「権利」を資本主義は僕たちに与えてくれている。

 

それでいて、全世界はいまも活発にやりとりし、あなたも地球の裏側の人といますぐにコミニュケーションもとれるし、ビジネスパートナーにもなれる。

 

これらの恩恵を僕たちは資本主義から受けている。これらの理由から僕は資本主義を「素晴らしい仕組みである」と言ったでのある。

 

ここまでは理解していただけたであろうか?

 

それでも僕は資本主義が「完璧」であるとは言ってないー資本主義の「限界」と現代社会の「行き詰まり」ー

 

しかし僕は「資本主義が素晴らしい」とは言ったものの、「完璧である」とは言ってない。

 

そう、資本主義にも「弱点」があり、「改善」しないとならないことがある。実はそのことが改善されていないがために、現代社会は行き詰まりを迎えてしまっている。

 

それは「人間に対する基準点がない」ということだ。

 

また次回へー参考記事だけ載っけておきますー

 

少し長くなってしまったので、ここらかの話はまた次回以降に書こうと思う。続きな気になる方は、以下の記事にもその方向のことは書いているので、参考にしてもらえればと思う。

 

 

rtomizawa.hateblo.jp

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「呼吸」を題材に「生き方」の話をー「常識」に縛られず、「主体性」ある自分の人生を歩むためにー

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※所要時間:4分〜6分(約2500字)

 

あなたが呼吸するために必要なのは、「自分だけ」だと思っているだろうか?

 

もしそう思っているならば、大きな勘違いだ。

 

そもそも呼吸とは

 

そもそも「呼吸」とは、「酸素」を体内に取り入れ、「二酸化炭素」を体外へ出す一連の作業のことを指す。呼吸ができなければ、人間が生きていけないことはだれもが理解していることであると思う。

 

では、呼吸をするために必要な要素とは何であろうか?

 

呼吸のために必要な酸素

 

まずあなたが体内に取り入れる要素である「酸素」は「植物」がなければ存在不可能だ。ということは、僕たち人間は「植物」がなければ「存在していない」ということになる。

 

では、植物が存在するために必要な要素とは何であろうか?

 

酸素のために必要な植物

酸素を生み出す「植物」が存在するために必要な要素とは、土、水・・・などであり、総じて言えば「地球」である。「地球」という存在がなければ、「植物」は存在不可能であり、「人間」も存在不可能ということなる。

 

では、地球が存在するために必要な要素とはなんであろうか?

 

植物のために必要な地球

 

「地球」が存在するために必要な要素は、端的に言えば「宇宙」であろう。太陽系や銀貨系などもいうことができるが、記事がただ長くなり、読者の皆さんを飽きさせるだけなのでやめておく。

 

宇宙があるから、地球は存在することができる。だから、植物も人間も生きられる。

 

地球のために必要な宇宙

現代社会の思考方式では、自他を完全に分離させ、「自分と宇宙は関係のないもの」とすることがほとんどだが、よくよく考えてみれば、自分と宇宙全体は「常に相互作用している状態」である。

 

実はあなたの呼吸は、今この瞬間に「宇宙全体のバックアップ」があるから可能なのである。宇宙ビックバンの力、地球の自転公転の力など、それらが全て影響しあって、あなたの周りに酸素が溢れ、あなたが呼吸を起こし、酸素を取り入れることができている。

 

なので実は、宇宙を動かす力と、あなたが呼吸する力は全く同じなのだ。

 

ではここで一つ考えなかればならないことが来る。それは「宇宙を動かす力はどこから来ているのだろうか」ということだ。

 

宇宙全てを動かす力とは

 

このことは全人類が求め続けてきた答えだ。それを物理学者は「第5の力」とよび、宗教家は「神」とよび、老子は「道」と呼んだ。私たち人類はこの「力の秘密」が知りたいのだ。

 

そしてあなたがこの「力の秘密」を理解してしまった時に、人生は一変するであろう。

 

かの歴史的第天才ニュートンは、この切れ端を人類史上もっともはじめに発見し、人たちに共有した。それが「重力方程式」だ。今までは「神」という抽象的概念によって、この世界を理解していたところから、「法則」によって、この世界を理解することに成功した。

 

そしてその時をきっかけとし、「科学」は飛躍的進化を遂げ、現代社会のIT技術の加速度的進化に至った。しかし、ニュートンアインシュタインが解き明かしたのは「宇宙の秘密」であって、「宇宙を成り立たせる秘密」には到達できなかったのだ。

 

そして彼らが説いたのは、「宇宙の極めて部分的な謎」な話であり、「宇宙全体の謎」を解き明かすことには成功していない。そのことが結局は、現代社会の行き詰まりとなってしまっているのだ。

 

私たち人類は「答え」を知ることはできるのであろうかーニュートンアインシュタインも到達できなかった領域へー

 

では我々人類はその「力の秘密」「宇宙を成り立たせる秘密」を解き明かすことはできるのであろうか。

 

答えは「yes」だ。

 

しかしその秘密を理解するためには、知らなければならない「2つのこと」がある。

 

答えを知るために理解しなければならないことー原因と解決策ー

 

一つ目は、「なぜ我々人類はその答えを知ることが出来なかったのか」という「原因」である。

二つ目は、「ではどのようにすればこの世界を理解することができるのか」という「解決策」である。

 

このことについは、"Noh Jesu"という人物が20年かけて開発した「認識技術」というものによって、誰もが理解可能な状態になっているので、ぜひそちらを学んで欲しい。3日間のセミナーによって、全体像を理解できるようになっているが、そこまでの時間を取れない人は、僕なりにではあるが大まかに記事にしてあるので、そちらも参考にして欲しい。

 

rtomizawa.hateblo.jp

 

 

では、この技術が開発されたことによってどのような変革が起こるのだろうか?「答えを知る」とはどのようなことなのであろうか。

 

そのことの個人的変化も記事にしてあるので、参考にして欲しい。

 

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皆さんに伝えたかったことー「常識」を疑い、「主体性」ある人生をー

今回の記事で皆さんお伝えしたかったことは、「常識を疑え」ということであり、「自らの主体性で思考しろ」ということだ。

 

今回の題材は「呼吸」であった。この呼吸一つとっても、社会一般で教えていることは「ほんのごく一部」である。これは「呼吸」を例にしただけで、実は全てにおいて同じことが言える。「仕事」「生き方」「人生」「お金」「愛」・・・・・

 

だからこそ社会のいいなりになるのではなく、「自らの主体性」によって「自らの人生」を歩んで欲しいと思う。社会はたくさんの「常識・規定」をあなたに押し付けてくる。それが悪いわけではない。それに「縛られてしまうあなた」が問題なのだ。だからこそ、それらの「常識・規定」は「参考程度」にして、「あなたの力であなたの人生」を歩んで欲しい。

 

とは言っても、なかなかそれをすること自体が難しいと思う。なので、ぜひその道具の一つとして「認識技術」を活用してもらえればと思う。あなたが本当に「主体性ある人生」をある見たいと思うのであれば、認識技術は最高の道具となることは間違いないと言える。

 

では、ぜひ「主体性ある人生」を。

 

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