20代からの"而立(じりつ)"のすゝめ

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

これからの在るべき日韓関係

皆さんは、現在の日韓の関係性をどのように捉えていますか?

 

ほぼ100%の人が「良くない・悪い」と答えると思います。僕もそう思いますし、事実としてそれは正しいと思います。「全然悪くないよ!」という人の観点もわかりますが、そのほかの国と比べても、相対的には「良くない」という現状が一般的でしょうでは両国の関係性がその様になってしまってる原因は何なのでしょう?

 

これこそ当たり前の話かもしれませんが、「歴史」の問題ですよね。

 

韓国から見たら「自国を侵略した国・日本」「謝罪の姿勢がない国・日本」、日本から見たら「自分たちの都合の良い様に歴史を解釈する国・韓国」「謝ったのにいつまでも文句を言ってくる国・韓国」というように、両国の「歴史認識」「外交認識」が一致したことは、戦後ほぼ100%と言っていいほどないと思います。

 

それに対し日本国内では、「韓国は嘘つきだからもう相手にするのはやめよう」という立場の人、「日本は悪いことをしたんだからしっかり謝罪しよう」という立場の人、「歴史の問題は抜きにして一人の人間として付き合おう」という立場の人、「問題に全然関心がない」立場、などその問題に対しての見解は様々です。

 

韓国側はどうでしょう?これはあくまで僕の知ってる範囲ですが、「徹底的に日本と戦おう」という立場、「まあもういいじゃないか」という立場、「歴史の問題は抜きとして、日本っていい国だよね」という立場、などがあると思います。

 

しかしどの立場であったとしても、「日韓の関係性が悪い」ということは事実として変わりませんね。

 

では、私たちはこの問題に対してどの様に向き合うべきなのでしょうか?今日は僕が思う「これから在るべき日韓関係」という形で書いていきたいと思います。

 

まず上記題材を考えるときに重要なポイントとして、「今の時代に生きる私たちはどんな未来を創るべきなのか」という点であり、またその上で「いまの日韓関係をどう観るのか」という点です。違う言葉で言えば「理想地」と「現在地」です。

 

今の時代に生きる私たちはどんな未来を創るべきなのか

この題材を考えるときに重要なポイントは、「今の時代が抱える問題・限界・補うべきポイント」です。

 

今の時代は客観的事実として「資本主義体制」を取っており、重要な概念は「個人主義」です。これら二つが絡み合うことで、「競争」という価値観を重要視しております。そして「競争」を加速度的に促してきたのは、「科学技術」の力による「物質的豊かさの追求」です。

 

そしてこれらの誕生により、私たち人類は「封建制度」「全体主義」の時代以上に、多くのチャンスを手に入れることが可能になり、またより多くの人がある程度の物質的豊かさを手に入れることが可能になりました。

 

昔は「生まれ」が全てであり、その絶大な権力の前に、そのほかの人々は「王の奴隷」「王の豊かさのための存在」でありました。そこにフランス革命によって「自由・平等・博愛」の概念が打ち出され、今までの限界を補った変化が起きました。その結果が現在私たちが生きている社会体制です。

 

では、その結果である現代社会は、人間誰もが幸せ溢れ、希望に溢れ、自由を謳歌した状態にあるでしょうか?

 

残念ながらそうはなっていない実情があります。世界は貧富の格差がどんどんと広がっていき、世界には人間を殺すための道具・争うための道具が溢れ、国と国・思想と思想・民族と民族は反目し合い、世界に鬱・自殺があふれ、人工知能の登場によって人間の存在自体が危ぶまれる状態です。

 

人間は常に幸せ・成功を追求しているはずであるのに、なぜこの様な現状になってしまうのでしょうか?これが人間の本質なのでしょうか?私は、これが現代社会に生きる私たちに突きつけられている命題であると思っています。

 

人間とは争い合う存在なのか

人間はお互いを活かし合うことはできない存在なのか

人間は思った通りに生きられない存在なのか

人間は夢と希望に溢れた人生を歩むことはできない存在なのか

・・・・人間とはその様な存在なのか、否か。

 

この命題に対して、どのような回答をするのか。それはすなわち、その命題に向けて、どのような夢を描き、どのような実践をし、どのような日々を過ごすのか。それが今の時代の私たちに要求されていることだと思います。

 

いまの日韓関係をどう観るのか

ではその様な現代社会の中にある「日韓関係」はどの様に捉えたらいいのでしょうか?その答えを得るためには、まず先の命題に対する自分の回答を明確にしなければなりません。

 

「人間はどの様な存在なのか」

 

この問いに対する一人一人の回答次第で、時代の方向性が決まります。「人間とは争い合う存在だ」「分かり合えない存在だ」という大前提で生きるのか、それとも「人間は愛しあえる存在だ」「人間は分かり合える存在だ」という大前提で生きるのか、それが重要です。

 

ちなみに僕は後者の立場を取っています。数年前までは「どうなんだろうか」と悩んでいましたが、認識技術とその創始者との出会いによって、人間の可能性に確信を持ち後者の立場を取るようになりました。

 

そして僕は今の時代に生きる誰もが後者の立場を取らなければならないと思っています。なぜなら前者の行く先は「人類滅亡」であり、「悲劇の未来」しか待っていないからです。それは人類歴史を振り返れば理解がいくものでしょう。

 

ではそこから観たときに、私が観るには現在の日韓関係は「宝」であり「祝福」であると思っています。なぜならばこの問題は、人間の可能性を時代に証明するためにこの上ない課題であるからです。

 

先に述べたように、日韓関係はとても複雑です。このままではおそらく一生互いが理解し合い、許しあうことは難しいでしょう。それほどまでに根深いものです。私は韓国の反日のメッカのような「独立記念館」という所に何度か訪れたのですが、そこに行けば韓国の反日がどれほど根深いものなのかよくわかります。そしてそこを訪れ「韓国にとって反日とはどの様な意味を持つのか」ということを、日本人はまず理解しなければなりません。

 

現代社会において、多くの場所で、宗教間や民族間、国家間での争いがありますし、今までの人類歴史でも多くの争いありましたが、この日韓関係はその中でも特に根深いものであると感じています。

 

逆に言えばこの日韓関係が解決することが出来たのであれば、人類にとってどれほど希望でしょうか。人類歴史にとって、どれほどの意味と価値をはらんでいるでしょうか。未来の人類にとって、どれほどの救いになるでしょうか。そんな絶好のチャンスを持ち合わせているのが今の日韓関係だと思うのです。

 

だからこそ現代社会に生きる我々日本人と韓国人は、現在の日韓関係をチャンスとして捉え、その解決に努めるべきであると思います。それが日韓にとってだけでなく、現代社会にとって、未来にとって、どれほどの貢献となるのでしょうか。

 

全体主義」は人間の全体の底上げに貢献しました。

個人主義」は人間の個人の意思決定の底上げに貢献しました。

 

では次に私たちが目指すべき未来は何なのでしょうか?

それが「関係主義」です。人間は互いに愛し合い、理解し合い、winwin-allwinを作り、誰もが幸せ・成功をつかむことができる、その社会を目指すべきなのです。

 

その未来のためにこの日韓関係を道具にしていくべきであると私は考えます。

 

その未来を創るために

とはいえその様な理想論だけで、簡単にうまくはいきません。重要なことは「何によって」「どのように」その未来を創るのか、なのです。

 

そのために重要なヒントを相対性理論の発見で有名なアインシュタインが投げてくれています。

「60分間で、これから出す問題についての解決策を見つけなければお前の命は無いと言われたら、どうするか?」と聞かれたとき、「55分間は、適切な質問をするために使う」と答えたという

 

これは全てにおいて重要なことです。人間はどうしても「答え」を見つけることに必死になってしまいますが、それ以上に重要なことは「正しい問い」です。正しい問いがなければ正しい答えを導けません。では、これを日韓関係に置き換えるとどのようになるでしょうか? 

 

それは「なぜ人間は分かり合うことができなかったのか」「なぜ人間は争いを繰り返すのか」という問いです。まずは「日韓」ということを置いておいて、客観的に「人間の本質」としての問いを立てることが重要です。

 

そしてまずはその「原因」を見つけ出すことが重要なのです。そしてその原因さえ見つけてしまえば、おのずと答えは導き出されます。

 

原因とはなんなのか

ここからは認識技術の話になってしまいますが、認識技術ではそれを「観点の問題」と呼んでいます。人間は「観点の問題」を解決できなかったが故に、争いを繰り返していた、持続的な幸せ・成功を掴むことができなかった、と。

 

その詳細は認識技術創始者のNoh Jesuのブログを参考にしてみてください。

 

最後に

これらを総じてまとめると、「現代社会に突きつけられた命題を理解し、その命題の証明のために日韓関係をどの様に活用するのか」が重要ということになります。

 

ぜひ皆さんも、その様な視点から日韓関係を、しいては世界の現状を観てみてください。今までとは少し違った景色が見えるかもしれません。

 

ちなみに私は、9/3にテグで開催される日韓青年フォーラムに登壇することになりました。そこでも色々と話そうと思っているので興味のある人はぜひ参加してみてください^^ 

 

詳細に興味がある方は個人的に連絡ください〜

第4回ヌリッショ ヌリ路お申込みフォーム

Bob Marleyの唄です(歌詞/和訳/解析付き)ーRedemption songを通してBobが伝えたかった意志ー

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※所要時間:10分〜16分(約6400字)

 

皆さんは"Bob Marley"ってご存知ですかね?

 

Bob Marleyって?ーレゲエの神様ー

 

"Reggae(レゲエ)"っいう音楽を知っていたり、海外の音楽が好きな方ならご存知かと思いますが、世界的に有名なジャマイカ出身のミュージシャンで"レゲエの神様"と呼ばれたりしています。

 

僕自身、学生時代に3ヶ月ほどジャマイカに滞在していたんですが、僕がジャマイカを訪れようと思った理由の中に彼が生まれ育った地、ということもあります。ということで僕の人生にも大きな影響を与えた人物になります。

 

彼の代表的な唄のご紹介ーRedemption song(救いの唄)ー

 

彼についての詳細はまた別に書こうと思いますが、本日は彼の唄のご紹介です。

 

彼は多くの有名な曲を残しているんですが、その中でも有名かつ僕が好きな曲が本日ご紹介する"Rednmption song(レデンプション ソング)"です。「Rednmption(レデンプション)」とは直訳すると「償還」となり、意味としては「返却/債務を返済すること」となり金融用語にもなっているんですが、この曲では「救い」と訳すことが多いです。

 

なぜRedemptionが救いになるの?ーラスタファリズムとジャマイカという国ー

 

Redemptionの意味が「返却」なのであれば、「何を返却するのか。また何を債務として捉えているのか。」ということがこの曲を理解するために大事になってきます。

 

その理解のためには、彼の考え方の原点もなっている"ラスタファリズム"という思想を理解する必要があります。ただしここで全てをお伝えすることは難しいので、簡単に紹介だけさせてもらうと、その思想の基本的な考え方として"アフリカ回帰思想"が中心にあります。

 

最終的にBobが行き着く先は、少しラスタファリズムとはちょっと違ってくるんですが、大まかそんな感じです。

 

日本人には理解しづらい人種差別の歴史ー白人優越主義による弊害ー

 

次に、そのアフリカ回帰思想を理解するには彼ら(ジャマイカ人・黒人)が歩んできた歴史を理解する必要があります。

 

一般的な日本の方には理解しずらいかもしれないですが、近代における世界の歴史は基本的に人種差別の歴史であり、西洋人による有色人種地域の略奪の歴史と見ていいと思います。俗にいう白人優越主義という概念を中心に世界は回っており、その理念を元に、ヨーロッパが中心に帝国主義を遂行していきました。

 

スペイン、ポルトガル、イギリスなどを中心とした帝国主義による植民地政策によって、多くの西洋以外の国々(有色人種の国)はどんどんと植民地化され、そこの国の人々は西洋人のもとで奴隷化されてきました。なので世界は白人によって"征服されてきた"と見ることもできます。

 

そんな中でジャマイカはどんな歴史を歩んだ?ー数百年に及ぶ奴隷国家の歴史ー

 

そんな中ジャマイカがどういった歴史的背景を持っているかというと、ジャマイカという国はもともとは黄色人種が住んでいる国でした。そこにあのコロンブスが上陸し、現地の人たちを奴隷にしてしまいます。(ちょっとここら辺はざっくりいきます)

 

しかし現地の人々に対してあまりに過酷な労働を貸した為、現地人は激減します(最終的に全滅)。そこで西洋人がより体力がある黒人を奴隷として、アフリカから奴隷船を使って連れてきます。そこから数百年に及ぶ奴隷国家ジャマイカの歴史が始まります。

 

未だに苦しみ続けている日常

 

そして1962年に ジャマイカは独立は果たしますが、結局は国としての機能を整え切らないまま独立してしまったので、現在もかなり苦しい状況があります。実際物価は日本より少し安いくらい(1食300円くらい普通にします)にも関わらず、最低賃金1日700円くらいで、それすらもらえない人ばかりです。肉体的奴隷からは解放されたけど、経済的奴隷が待っていた、なんて表現する人もいます。

 

その様な状態があり基本的に彼らの日常は「苦しい」状態にあります。そんな中「その様にすればこの苦しみから脱することができるのだろうか」という中で生まれたのがアフリカ回帰思想である、と理解してもらえたらいいと思います。

 

その考え方として、まず彼らは苦しみの原因を「このジャマイカの地は、元々自分たちが生まれ育った地じゃないから」という形で捉え、その苦しみから解放される手段として「自分たちへの聖地・故郷であるアフリカに帰還すること」という形で捉えています。彼らは旧約聖書を中心に物事を考えるので、そこにもなぞらえていると思います。

 

 

これが大まかなラスタファリズムの考え方です。 なのでまずはここまでを理解した上で、曲の解析に入っていきたいと思います。

 

Redemption songは何を返済する唄なのか

 

話を戻して一体Redemption songは「何を債務として捉え、何を返済しようとする唄なのか」という話に戻したいと思いますが、ここまでを読んでもらえれば分かるように、債務とは「日常の苦しみそのもの」であり、その「苦しみを返済する」という意味で捉えていいと思います。

 

そしてその日常の苦しみというのは、数百年に及ぶ奴隷としての国家の歩みそのものであり、さらに広く捉えれば、 人類歴史上で人種差別によって苦しんだ全ての有色人種の苦しみと涙を込めた言葉であると思います 。これは世界中にこの唄を届けようと思った彼の生姜の姿勢を見ればあきらかでしょう。

 

しかし不思議なことに、この曲は多くの白人の方々にも支持されました。それは、なぜでしょうか?

 

多くの人が共感した彼の意志

 

そのために考えなければならないのは「苦しみを感じているのは彼らだけなのか」という点です。もちろん違いますよね。

 

当時の社会においても、現代社会においても、多くの社会問題があり、そこに生きる多くの人々が「何かしらの苦しみ」を抱えています。しかし何をどうすればここから解放されるのかわからない・・・どうしたらいいかわからない・・・そんな人たちがこの彼の曲によって勇気付けられ、その結果世界中で愛される曲になっていたんだと思います。

 

なので、彼の曲というのは根底深くは「あらゆる苦しみからの解放」を歌っていると考えていいと思います。 

 

現代社会における苦しみー自分の人生と繋げたRedemption songをー

 

ここからは僕の個人的解析になってしまうのですが、実はこのRedemption songは現代にこそ必要なのではないかと思います。なぜならば、現代社会はこのブログでもなんども取り上げているようにものすごい時代です。

 

そんな時代に生きる個人は無意識深くはとても苦しい状態にあるのです。そんな時代だからこそ全世界が「救いの唄」を待っているのではないかと思います。

 

だからこそ私たちは、Bobが世界を勇気付けたように、彼の意志を受け止め、現代社会に対して「救いの唄」を歌っていかなければならない時だと思っています。ですので、ぜひ彼の曲を「ただ聞く」だけではなく、「今の時代、今の自分の生き方」と繋げて、彼の意志を受け取っていただけたらと思います。

 

ではRedemption songをお楽しみください!

 

www.youtube.com

 

※ ところどころイメージの補足を入れておきますね

 ================

『Redemption Song(救いの歌)』

 

※Aメロ

 

Old pirates yes they rob I Sold I to the merchant ships

昔、略奪者たちは俺を力づくで捕らえ、奴隷商人の船に売っ払ったんだ


Minutes after they took I From the bottomless pit

そのすぐ後で、奴らは船底から俺を引きずり出した

(この2行は、Bobがっていうより、彼の先祖の話で、どの様に黒人がジャマイカに連れて来られたのか、を歌ってるんだと思います。)


But my hand was made strong By the hand of the almighty

だが、俺の手は全知全能の神によって屈強に作られている

(正確には違うんですが、基本的にラスタファリズムは"旧約聖書"を中心教理としてるので、ここでの神はその方向のことをイメージしてもらえたらと思います)


We forward in this generation Triumphantly

俺たちはこの時代を大いなる誇りを持って進んでいく

("この時代=いまの苦しい時"とイメージしていいと思います。)

 

※サビ


All I ever had, is songs of freedom

俺が今まで歌ってきたのは全て自由の歌なんだ

(実はこの歌はBobの最後の曲(ラストアルバムのB面ラスト曲)でもあるんですが、この曲を通して"俺が歌ってきたのは結局全部songs of freedomでありRedemption songだぜ"って言ってるんです。このサビにはこういった想いも入ってます。)

Won't you help to sing, these songs of freedom

この自由の歌を一緒に歌ってくれないか


Cause all I ever had, redemption songs
Redemption songs

なぜなら俺が今まで歌ってきたのはすべて救いの歌だから

救いの歌だけなんだ

 

※Bメロ 

 

Emancipate yourselves from mental slavery

精神的奴隷から自分自身を解放しようぜ

None but ourselves can free our minds

なぜなら自分たちの精神(こころ)を解放できるのは、他の誰でもなく自分自身だけだから

(この2行はとても"はっ"とさせられるメッセージですよね。僕の人生に大きな影響を与えたフレーズです。)


Have no fear for atomic energy

原子力だって恐れる必要はない

(ちょうどこの前年に"スリーマイル島原子力発電所"で事故が起こってるのでそれのことを歌ってるのかもしれませんね)


Cause none of them can stop the time

奴らにだって時間を止めることは出来やしないぜ

(この"the time"をBobがどんなイメージで歌っているのかは僕も掴みきれてないんですよねぇ。原子力となんか関係あるんですかねぇ。今のところ"彼らにも時間を止めるほどの力はなんだから恐れる必要はない"というイメージかと思ってます。ちなみにここでいう"彼ら"とは"既得権益者"で思っていいと思います。)


How long shall they kill our prophets,While we stand aside and look

俺たちが対岸で突っ立て眺めている間に、あまりにも長いこと奴らは俺たちの予言者(英雄)を殺し続けてきた

(ここは今までの人類歴史上で多くの英雄達がいて、彼らは既得権益者に殺され続けてきたけど、それをみんな眺めていただけで英雄達を見殺しにしてきた、ってことだと思います。これもあって今回こそ"一緒に自由の歌を歌おう"と伝えたいんでしょうね!)

 

Some say it's just a part of it

それは予言の一部だって言ってるいる人もいる

(まあ、そのこと自体が実は自分たちが自由を獲得するために必要なことなんだ、そうやって予言(聖書)に書いてあるって言ってる人もいるぜ!だから今回は俺たちはただ眺めているだけじゃなくてアクションしていかないとならないよ、っていうイメージかと思います。)

 

We've got to fulfill the book

俺たちは予言の書(聖書)を完成せねばならない

("予言の書の完成"っていうのは、ラスタファリズム的に言えば"アフリカへの回帰"ですし、違う言葉で言えば"苦しみからの解放"であり自由の獲得"ってイメージでいいと思います。だから"自分たちの手で苦しみを乗り越え、自由を獲得しよう"って意味だと思います。)

 

※サビ

 

Won't you help to sing, these songs of freedom

(だからこそ)この自由の歌を一緒に歌ってくれないか

(ここはより力強く繰り返して歌っているイメージですかね)


Cause all I ever had, redemption songs

俺が今まで歌ってきたのは全て救いの歌だけだから


Redemption songs, redemption songs

そう、俺の歌ってきた歌はすべて救いの歌なんだ

 

※Bメロ(あとは繰り返しです)

 

Emancipate yourselves from mental slavery

精神的奴隷から自分自身を解放しようぜ


None but oursekves can free our minds

なぜなら自分たちの精神(こころ)を解放できるのは、他の誰でもなく自分たち自身だけだから


Have no fear for atomic energy

原子力だって恐れる必要はない


Cause none of them can stop the time

奴らは時間だって止めることは出来やしないぜ


How long shall they kill our prophets,While we stand aside and look

俺たちが対岸で突っ立て眺めている間に、あまりにも長いこと奴らは俺たちの予言者(英雄)を殺し続けてきた


Yes some say it's just a part of it

それは予言の一部だって言ってるいる人もいる


We've got to fulfill the book

俺たちは予言の書(聖書)を完成せねばならない 

 

※サビ

 

Won't you help to sing, these songs of freedom

この自由の歌を一緒に歌ってくれないか


Cause all I ever had, redemption songs

俺が今まで歌ってきたのは全て救いの歌だけだから


All I ever had, redemption songs

そう、俺の歌ってきた歌はすべて救いの歌なんだ


These songs of freedom, songs of freedom...

全部自由の歌だったんだぜ、そう自由の歌

 

===========

以上です。

 

Redemption songはいかがでしたでしょうか?

この曲が皆さんの人生の何かのキッカケになっていただけたらとても嬉しく思います。

日本人のジャマイカ滞在記ー僕の人生を大きく変えた3ヶ月ー

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 ※所要時間:16分〜25分(約10000字)

 

みなさんジャマイカって国はご存知ですか?一般的にどれくらい知名度があるかは知らないんですが、何を隠そう私は3ヶ月ほどジャマイカという国に滞在していたことがあります。

 

そんなことを伝えると「どうだった?」とよく聞かれるのですが、僕自身何をどのように伝えれば良いのか分からなかったので、今回は、自分の備忘録がてら、つらつらと書いていこうかと思います。

 

これまで自分の中では思ってはいたけど、言語化したのは初めての領域になるので、広い心で受け止めてもらえたらと思います。

 

まずそもそも、ジャマイカってどんな国なの?っていう方は下記をご参照ください。

kotobank.jp

  

まず初めにー滞在した地域からー

 

私は大学を休学して意気揚々と地球の裏側のジャマイカという国に乗り込んだわけですが、よく皆さんに「どうだったの?」「何が楽しかった?」などと聞いていただけるのですが、正直90%以上は苦痛の日々だったと思います。そこらへんも含めて書いていきますね。

 

これは完全に僕の備忘録なので飛ばしてもらっていいです。うる覚えですが、僕が滞在した地域です。

 

キングストン空港着(2012.6.1)→マンデビル(1泊)→ネグリル(2泊)→マンデビル(2週間)→モンテゴベイ(2泊)→マンデビル付近のラスタ村(2泊)→マンデビル(1週間)→アコンポン(2週間)→サンタクルーズ(4回)→モンテゴベイ(2泊)→アコンポン(2週間)→キングストン(1泊)→ブルーマウンテン(10泊)→アコンポン(1週間)→キングストン空港(2012.8.31)

 

こんな全体像で、ご紹介していこうと思います。かなり長くなりますが、どうぞお付き合いください。

 

ジャマイカに滞在しようと思った理由

 

まず初めに「なぜ私がジャマイカに3ヶ月滞在しようと思ったのか」というと、当時の私の問題意識として「社会や世界に対する理解を深めたい」というものがありました。その理解を深めるに選んだのがたジャマイカへの滞在でした。

 

「なぜジャマイカなのか」ということはよく聞かれるんですが、そこまで深い意味はなく別にアフリカとかでもよかったんですが、とにかく「日本と異なる文化の国」に行きたかったんです。そう考えるとジャマイカは、地理的にも日本の反対側ですし、経済的には後進国ですし、宗教的にはキリスト教国家であり、人種も黒人国家ですし、気候としても熱帯気候である・・・など日本とかなり異なる文化を持っていたので選んだということが大きいと思います。

 

あとはレゲエに触れる機会もあったので、「Bob Marleyを産んだ土地」という観点でも興味はありました。そんな背景もあってジャマイカへ3ヶ月滞在することになりました。

 

ジャマイカに訪れるまでの準備期間ー猛勉強の日々。ー

 

そして訪れる上で僕は結構準備していきました。ジャマイカを訪れるまでにタイやラオスを訪れたことはあったんですが、現地の歴史や文化を全く知らずに訪れたため、俗にいう「ただの観光」になってしまったんですね。

 

だた今回の滞在に関しては、「社会・世界に対する理解を深めるため」でしたからその二の舞は踏みたくなかったので、ジャマイカを訪れることが決まってからはできる限りジャマイカを理解するのに努めました。

 

 ジャマイカの歴史・文化・現状、ジャマイカ独特の思想であるラスタファリズムに対する理解、世界から見たときのジャマイカの位置づけ・・・などで、僕が参考にした資料は以下のようなものです(極一部ですが)

 ラスタファリアンズ―レゲエを生んだ思想

ベース・カルチャー レゲエ~ジャマイカン・ミュージック

東京ラスタマン 

ボブ・マーリーとともに | リタ・マーリー, 山川 真理 |本 | 通販 | Amazon

ジャマイカ楽園の真実 LIFE&DEBT [DVD]

 

このほかにも5冊以上見てましたね!今見たら初めの二つは在庫かなり少ないですね(笑)。確かにかなり分厚くて、かなりマニアックだったんで、あまり一般的な著書ではないのかもしれないですね。まあこんな感じでかなり準備万端でジャマイカ行きの準備をするわけです。

 

当時の僕の意気込みといえば「どうせジャマイカに行くなら、ジャマイカ人になろう」というような気持ちでした。これはもちろん国籍的にっていう意味ではなく、中途半端に日本人としてジャマイカに行くのではなく、ジャマイカの文化・歴史などをジャマイカ人そのものになって理解しよう!というようなイメージでした。

 

そんな形で月日が流れ、ジャマイカ行きの当日になります。

 

キングストン空港に到着!滞在予定のマンデビル

 

意気揚々と僕はジャマイカを訪れるのですが、ここで大きな壁とぶち当たり僕は滞在3日もかからずに日本への帰国を考え始めます(笑)。その原因は「言語」の問題です。この問題は僕の3ヶ月の滞在期間中常に襲ってきます。

 

ほぼほぼ英語など使ったことのない僕がいきなり英語圏の国に来てしまったため初めの一ヶ月は99%会話不可能な状態でした。笑(それ以降少し慣れますが、85%は会話不可能でした。笑)

 

簡単な挨拶ですら相手が何を言ってるかわからない。だから自分もどう答えればいいのかわからない。伝えたいことがあっても全然伝わらない。いやー今思い出してもかなり苦痛でした!

 

自分の意志を伝えられないので、子供にも馬鹿にされ、同世代にも敬遠され(一緒にいても楽しくないから)、気を使って交流しようとしてくれる人も何人かいましたが、その人たちとも意思疎通が全くできないので結局彼らとも交流は取れず。

 

一応僕は日本でホームステイ先とジャマイカ滞在中のボランティア先などを斡旋していただいていたのですが、ホームステイ先ともボランティア先とも馴染むことがあまりに難しく「自分は何のためにジャマイカに来たのだろうか・・・」と苦悩する日々が続きました。

 

まあとはいえ、会話ができなかったとしても観察は出来ますので、その観察で感じたことは以下でしたね!簡単に記しておきます。

  • 街が汚いなぁ(建物、道、車、スーパーマーケット・・・)
  • みんな適当だなぁ(道行く人、店員、タクシー運転手・・・)
  • でも、しっかりしている人はしっかりしてるなぁ(銀行員・・・くらいか)
  • 同世代の西洋人(白人)って思ったより幼稚だなぁ
  • 西洋人(白人)の遊びって案外つまらんなぁ

ジャマイカが汚いとか、適当とかはイメージあったんですが(東南アジアも行ったことがあったので)、僕が驚いたのは西洋人の実態?でしたね。彼らも実は僕と同じように長期休みを取ってジャマイカを訪れていた学生や社会人などだったんですが、僕の目的とは相反し、彼らは観光気分で訪れている人が大半でした。だからまあ話が合わない合わない(というは話せないけど)。

 

僕は固定概念として「西洋人は賢くて、大人っぽくて、素敵なんだろうなぁ」というイメージを持っていましたが、同世代の彼らと実際に触れると、いやー全く予想外でした!

 

普通に子供でした!むしろ日本人の方がしっかり考えているんじゃないか?くらいの。もちろん彼らがごく一部であることはわかっていましたが、なんか「あぁ、同じ人間なんだな」っていうことがよく理解できました!

  

そんなイメージ破壊もありましたねぇ。

 

世界有数のビーチネグリルでのラスタとの出会い

 

そんな中彼らとネグリルというジャマイカの中でも世界的にも有名な観光スポット(ビーチ)を訪れることになります。まあここでも彼らとはほとんど交流せず、どちらかというと僕が訪れたいところへ行っていた感じです。

 

そんな中で僕に、このネグリルで大チャンスが訪れます。それが「ラスタファリアン」との出会いです。僕は「早速ラスタに会えた!」という興奮とともに、彼に近ずいていきます。この感覚は、日本に訪れた海外の人が「侍がいた!」とか「お坊さんがいた!」とかそんな感覚かもですね。(ラスタファリズムについてはまたどこかで記事を書きます)

 

まあそんなチャンスがあり、僕はラスタファリズムにおいて知りたかったことを聞いてみます。それは彼らにとっての「I」という概念です。

 

これはラスタファリズムの特徴の一つでもあるんですが、彼らは自分のことだけではなく、相手のことも「I」と呼び、「私たち」を表現する時は「I&I」というんです。不思議じゃないですか?ちなみに神と自分のことも「I&I」というんです。

 

日本でこのことを知った僕は「どういうこっちゃ」と思って、初めにあったラスタに聞くんです。「本当にあなたちは僕のこともIというの?」と。そうすると彼は当然のように「そうだよ」といいます。そして僕が「なぜ?」と聞くと、「なぜって?当たり前だろ!君も僕も同じじゃないか!」と。

 

ほうほう・・・分かるようで分からない・・・でも英語でなんて聴いたらいいかわからない・・・だから僕は次に「僕と君が同じなら、この椅子も同じなのかい?」と聞くと、それに対しては笑って「それは違うに決まってるだろ」と。ほう・・・これは違うのか・・・と、僕の英語力の拙さで会話自体はこんな感じで終わるんですが、この概念も当時の僕に衝撃を与えましたね〜。「なんかよくわからないけど、どういう理解だとそうなるんだ?」って。

 

そしてそんな会話をしているうちに、実は彼らがブルーマウンテンでゲストハウスを運営していることを知ります。そして彼らから「泊まりにおいでよ!泊まる時はここに連絡ちょうだい!」と連絡先を渡されます。

 

ここで一つ断っておきたいのが、ジャマイカという国は結構な犯罪大国です。こういう形で観光客を騙して、金をぼったくる、ということは日常茶飯事です。まあなので当時の僕は「いきなりチャンスを手にした!」という心の反面「もしかしたら騙されているのかも」という心も持っていました。

 

そして僕はその連絡先を握りしめ、彼と別れます。

 

モンテゴベイにてジャマイカ初の日本人との出会い

 

そして僕は「もっとジャマイカを知りたい」という想いの元、日本の知人から紹介していただいたジャマイカでゲストハウスを運営している日本人女性のもとへ訪れます。この出会いが僕がジャマイカを理解するにあたって本当に大きかったですね!今でも本当に心から感謝しています。

 

そして僕はそこで多くのことを教えてもらいます。僕が今まで知りたかったジャマイカ人の生の声(言葉が通じないから聞きたくてもずっと聞けなかった。笑)や、ジャマイカの歴史のこと、またラスタファリズムのこと、ジャマイカの現状などなど、本当に多くのことを教えてもらえました。

 

 これも一部にはなりますが、今でも印象的なことは以下ですね(ちょっと表現は違うかもですが・・・)

  • 彼らは自分たちが白人や日本人と同じ人間とは見てないと思うわ。ジャマイカ人は彼らと同じ生活ができるようになるなんて夢にも思っていないから。
  • 彼らは白人から詐欺をしてお金を取ることになんの抵抗もないのよ。彼らは白人の搾取によって自分たちが貧しくなっているのを知っているから、元々は自分たちの金だ、って思ってるの
  • 彼らは本当に強いのよ

 など。この出会いから僕のジャマイカへの理解は進んでいきます。絶望の中での希望の光でした。笑

 

ついにラスタファリアンのコミュニティへ

 

また先ほどの日本人女性から、僕の滞在先のマンデビルの近くにラスタファリアンの日本人の方が暮らしているコミュニティがあるというお話を聞き、そのコミュニティーに訪れることにしました。ラスタファリズムを理解する上で、この出会いもめちゃんこ大きかったですねぇ。

 

そのコミュニティに暮らしていた日本人は、2つのファミリーがありました。その人たちは完全に「ラスタファリズム」を中心と暮らしをしており、その暮らしぶりや考え方は当時の僕に相当なショックを与えました。まあ現代日本人からしたら「相当な変人」とも言えるでしょうね。笑

 

ラスタファリズムはある見方をすれば、自然主義とも言えると思いますが、彼らは化学物質や文明的なものを嫌い、できる限り自分たちが育てた作物を、自分たちで調理しようとします。

 

噂では知っていたんですが、その中でも10年以上ラスタとしてジャマイカで暮らしている方から実際にまじまじと言われるとさすがにびっくりでしたね!彼から言われた言葉は以下です。(これも一部ですが)

  • お前は肉食ってるのか?そんなんじゃ健康になれんぞ。勉強しろ!勉強を。まずはマクロビオティックってやつがあるから、それからでいいぞ。
  • いいか?髪の毛は宇宙との交信の役目を担ってるからそれを切ったら感性が鈍るんだ
  • 俺たちはケミカル(化学物質)を嫌う。だから全部自分たちで育てて、自分たちで調理するんだ。
  • お前は人間が猿から進化したと信じてるのか?それとも神が創ったと信じてるのか?どっちだ。どっちでもない?そりゃ一番最低だ

 

当時は「聖書」のことも全然知らなかったので、頭ではわかっていましたが「本当に神が人間を作ったと考える人がいるんだ・・・」 ということも衝撃でしたねぇ。とにかく斬新でした!

 

ジャマイカでも深い歴史と伝統のある地へ

 

まあそんな彼らとの出会いもあって、僕は一層ジャマイカというもの(というかラスタ)を知りたくなります。そして僕はマンデビルを離れアコンポンという所に滞在することにします。

 

アコンポンというのはジャマイカの山奥なんですが、ここはジャマイカにとってとても歴史のある土地になります。これも説明すると長くなりますが、簡単に言えば「ジャマイカが奴隷だった時にそれに対して反乱を起こした一族が暮らしていた土地」というイメージです。このマルーンのリーダーでもあった人物はジャマイカのナショナルヒーリーとして、現在においても多くの尊敬を集めています。

 

ですのでジャマイカの人々に取ってもこの「アコンポン」というのは特別な土地で、人たちは心の奥では未だにアコンポンの人々は一目置かれているそうです。その証拠に僕が別の土地でアコンポンに滞在しているというと、ものすごくびっくりされ、一気に心を開いてくれます。それくらい歴史と伝統を持つ土地がアコンポンです。

 

アコンポンで感じた圧倒的に現代社会に足りない要素

 

そんな歴史的背景もあって僕はアコンポンに滞在することにしました。そしてこのアコンポンでの暮らしも僕に大きな影響を与えることになります。その大きな影響とは「現代日本に圧倒的に足りない要素」に対する理解です。

 

アコンポンの人々がどんな暮らしをしているかというと、約600名ほどの人々が山の上で、一つのファミリーのような感じで暮らしているんです。それはやはり「自分たちは同じマルーンの血を引いてるものたちだ」という意識が大きいことがありました。その証拠に村に「Kindah tree」という「我々は一つの家族」という意味の大きな木が植えられているんです。

 

あともう一つの要素として、マルーンの子孫の方たちは昔、黒人奴隷を従えていた白人農園主と徹底抗戦するために自給自足の生活をしていたんですね。そのこともあって暮らしに自給自足の名残が残っている感じだったんです。なので、ライフスタイルの中にお互いが支え合うような形が他の地域に比べても残ってる印象がありました。

 

そんなこともありこのアコンポンの人々の暮らしは「村全体が一つの家族」というコミュニティ意識がとても強かったんです。

 

そこにあったのは物質的的豊かさではなく、関係的豊かさであった

 

もちろん類にもれずアコンポンも平均的なジャマイカと同じようとても貧しいので、村の中だけでは生計が立たず、街や海外などに出稼ぎに行っている子供達の仕送りを頼りにしているのはあります。それでも圧倒的に、みんな元気で楽しそうに毎日を送るってたんです。びっくりするくらい。

 

とにかく村全体が一つの家族になって、子供達を育て、生活する。だから子供達にとって見れば「みんなが親代わり」みたいな所があって、すごい元気に自由に育ってるんですよねぇ。これは本当に凄かった。

 

そんな中で生活していくにつれて、僕は「あぁもしかしたら日本に足りないのはここかぁ」と思いました。

 

日本ってどう見ても経済的にはジャマイカより裕福です。もうGDPなんて比べ物にならないくらいに。でもね、僕の目から見たらジャマイカ人の方が全然毎日楽しそうなんです。みんな仲良しで。

 

それで僕は「日本は物質的豊かさは手に入れたけど、このアコンポンのような関係的豊かさを失ってしまったのか」と思ったんです。逆に言えばこの「関係的豊かさ」を手に入れれば、現在多くの日本人が抱えている「精神的貧困は解決するかもしれない」と思うようになりました。

 

新しい社会の方向性はジャマイカから始まるの・・・か

 

このようなこともあり、僕は現代日本のような「物質的豊かさ」を求めた結果、多くの人たちが悩み苦しむような、物質的豊かさだけを求める社会は本来行くべき道ではないのではないか、と思い始めます。だから僕は結果的にこの「関係的豊かさ」を中心とした社会秩序を作るべきなんじゃないか、って思った訳です。

 

そして、こういうまだ日本のように成熟していない後進国が中心となって、日本を筆頭とした先進国の失敗を手本にして、新たな社会の方向性を構築していくべきなんじゃないか、と思うようになりました。当時の僕としては具体的方向性は見えてなかったですが、この「関係的豊かさ」は社会秩序を構築する上で、絶対に欠かしてはならないポイントだ、って確信したんですね。だから日本がおかしくなっているのは間違いない。でもその方法はわからない。

 

じゃあ、当のジャマイカ人たちはそれらをどう思ってるかというと、彼らが求めているのは圧倒的に「物質的豊かさ」なんですね。口を開けば「日本に連れて行ってくれ」「日本で車を売るんだ」「日本でお金を稼ぐんだ」・・・そればっかり。彼らからしたら現状がお金がなくて苦しい状態ですし、グローバル企業による宣伝行為によってお金があれば今より幸せになれる、って思うのは当然だと思うんですよね。

 

そんな彼らに「物質的豊かさ」よりも「関係的豊かさ」に価値がある、と言っても、「そんなのお前らがお金を持ってるからだろ!」となるのは当然だと思うんです。そうだとしても、彼らが資本主義のマネーゲームに参加したらこれは崩れるんだろうなぁとか 、グローバル企業がより強烈にジャマイカに入ってきたらこのアコンポンも崩れていくんだろうなぁ、と思うのです。

 

でもこんななんの力もない若造にそれをどうこう出来るわけもなく、まあこの現代社会の巨大さを痛感しながら、猛烈にもやもやするんです。このアコンポンでの滞在ではそんなことを感じたわけです。

 

ついにラスタファリズムの真髄に迫る

 

 そして僕はさらにジャマイカというものを理解するために「ラスタファリズム」に触れようとします。そしてそのために僕はジャマイカ訪問当初にネグリルで出会ったラスタの元へ訪れることを決意します。僕は本を読むだけではわからない「彼ら」を知りたかったのです。もしかしたら騙されるかも、という恐怖はありましたが、結果的にとてもいい人でした!笑

 

ここでの生活は僕のラスタファリズムに対する理解を一層強めます。その中でも大きかったことは、ラスタの「食」に対する理解です。

 

ラスタファリズムにとって「食文化」というものはとても大きな役割を占めます。彼らが食事をとても大事にしていることは知っていたので、僕はその「食文化」にとても興味を持っていました。ですのでこの滞在によって「食」を知ることが出来たのはとても大きかったです。

 

彼がゲストハウスで出してくれた食は、完全なる「ラスタの食事(アイタルフード)」でした。その食事は先に触れたように、化学物質は含まず、ブルーマウンテンの肥沃な土地で育った食物を、ラスタ流の調理法で調理してくれました。

 

ここでの生活は今思っても贅沢で以下のようなものでした

  • 毎朝彼らが経営している無農薬のブルーマウンテンコーヒーを豆から挽いて飲みます。
  • そしてお腹が空いた時はこれまたジャマイカ産の天然バナナです。
  • 水もブルーマウンテンからの天然水です。
  • ゲストハウスの場所は彼ら曰く「標高約2000mで、ジャマイカで一番ブルーマウンテンの山頂に近いゲストハウス」で、ゲストハウスからはキングストン(ジャマイカの首都)が一望できる絶景でしした。まるでもののけ姫に出てくるような景色でした。 

もう環境は最高でした!

 

ラスタのライフスタイルによる劇的な自分の変化

 

そしてそんな環境で1日、2日、3日・・・と過ごすとある異変が起きてくるのです。それが圧倒的な「体調の変化」です。以前日本人ラスタから「健康になりたいなら、肉を食うのをやめろ」と言われた、お伝えしましたが、それを体感してしまったんです。これは衝撃的でした!

 

体がみるみるうちに軽くなり、頭はどんどんさえ、便通も恐ろしいくらいよくなっていくんです!「なんじゃこりゃ!」って初めは何が起こったのかわからなかったんですが、よーく考えると「あ、食事が変わったからか」ってわかったんです。これが僕がこの後、菜食主義を始めるきっかけになりました。「あ、食事が変わればこんなにも変わるのか!」ということを体感してしまったんです。

 

そしてこのラスタとの出会いで僕が触れたかった「ラスタファリズム」の「実態」をついに得ることができたのです。いやー、感動でしたね!とはいえ、何度も触れている通り「経験」は出来ましたが、会話で「理解」することは難しかったですけどね!笑

 

様々な思いを抱え、帰路へ

 

まあこんな経験をして僕は再度アコンポンに帰ってくるんですね。そろそろジャマイカでの滞在も終盤に差し掛かります。実はこの期間にとても考えさせられる事件が起きるのです。

 

それが、僕が帰路につく最後の1週間で僕の知ってる範囲で、1人の日本人、2人のジャマイカ人が次々と殺されていきました。その大半の理由がお金だそうです。そのこともあって僕はさらに「資本主義社会」というものに疑問を持つようになります。本当にこれが人類が目指すべき正しい方向なのだろうか、と。

 

とはいえ、社会の方向性を変化させていくには、ジャマイカという国はあまりに力が無さすぎるということも理解してきました。資本主義という基準から見たら、この国は赤子のようなものなのです。いくら彼らがあがいても、このシステムはビクともすることはないのです。

 

日本に対する強烈な憤怒

 

だからこそこのシステム全体の方向性を変化させるには日本を筆頭とした「先進国」である、という結論に至ります。資本主義の酸いも甘いも知っており、経済的にも、文明的にも力のある日本のような国でなければ、社会全体の大きな舵取りはできない、と思いました。

 

だからこそ逆に僕は日本という国にとても腹が立ちました。こんなにも経済力もあり、システムも出来上がっており、世界的にも一定の力を持っている日本という国が、なぜ立ち上がらないのか、と。なぜ自分たちの利益ばかりを考え、自分たちの日常のためだけに過ごすのか、と。この時僕は自分が日本人であることに恥じ、こんなにも苦しい状況の中でも力強く生きるジャマイカの人々に尊敬の念を抱いていました。

 

とはいえ当時の私には、何をどのようにすればいいのかは全くわかりませんでした。そんなもやもやした状態で、社会に対する問題意識、日本に対する問題意識を持って、私は日本へ帰国することになります。

 

それはちょうど、22歳の夏の終わりの頃でした。

 

 

 

ラスタファリズム(Rastafarianism)を簡単にご紹介ー思想とライフスタイルに分けてー

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※所要時間:4分〜8分(約2800字)

 

みなさん、ラスタファリズムってご存知ですか?おそらく一般的には知られていないですよねぇ。冒頭の写真のような人のことです。

 

本日は僕なりにラスタのことを簡単まとめていきたいと思います。

 

そもそもラスタファリズム(Rastafarianism)の語源は?

これね、僕も知らないんですよねぇ。調べても出でこないんです。なんなんでしょうかね?知ってる人がいれば教えてください!

 

ラスタファリズム(Rastafarianism)ってなんなの?宗教?思想?

これも分類が難しいんですけど、僕の中では「思想であり、ライフスタイル」という風に捉えていますね。

 

これはラスタファリズムの特徴でもあるんですが、特定の教祖や教理がないんですよね。「これを絶対に守らないとダメ!」みたいなものもなくて、なんか「自分がラスタファリズムといえばそうなる」みたいなところがあって・・・なんかいかにもジャマイカ的ですよね!笑

 

とはいえ「大まかな基礎土台」みたいなものはあるので今回はそれを共有していこうと思います。

 

ラスタファリズム(以下、ラスタ)が大事にしていることをまずは分類

ラスタの大事にしていることは大まかに「思想」と「ライフスタイル」に分けられます。その二つの軸で整理していこうと思います。

 

ラスタの思想①ー旧約聖書に対する解析ー

基本的に彼らが考えの中心に置いているのは旧約聖書です。そしてその旧約聖書に対して独自の解析を入れることで、彼らの思想が成り立っています。ではその独自の解析とはどういうものなのか、という話ですが、旧約聖書に以下の文があるんですね。

 

エジプトから王が到来し、エチオピアは、神に向かって手を差し伸べる

例えばこいう文章をとって、「エジプト人とエチオピア人は黒人であった、故に黒人の祖先は人類文明の期限を作った」というような解釈が18世紀ごろに黒人たちの間で広まります。

 

ラスタの思想②ー黒人の王の誕生予言ー

その流れを受けて、からマーカスガーベイという人物が1927年に以下のような発言をします。

アフリカを見よ。黒人の王が戴冠する時、解放の日は近い

そして実際に1930年に、エチオピアの皇帝にハイレ・セラシエ1世(黒人)が即位したのです。すごいですよね。この流れを受けて誕生していったのが、ラスタファリズムになります。

 

これもあって彼らはハイレ・セラシエを彼らの救世主として、「Jah(ジャー)」と呼びます。(ラスタの歌にはよくこの「ハイレ・セラシエ」や「Jah」が出てきます)

 

ラスタの思想③ーアフリカ回帰思想ー

そしてラスタの中心概念としては、「アフリカ回帰思想」があり、「自分たちの聖地であるエチオピア(アフリカ全土を指す)に帰還すれば苦しみから解放される」というものがあります。

 

なので一時、アフリカに行くための船を待つために港に人たちが殺到して大変な騒ぎになったりしたこともありました。

 

ラスタの思想④ーボブマーリーとの関係ー

そんな考え方があるのですが、世界的にも有名なシンガーであるボブマーリーはラスタファリズムの一人としてとても有名で、彼の歌の中でこのラスタの考え方などが多く組み込まれたこともあって、このラスタファリズムというものが世界に広まりました。

 

なので彼はラスタファリズムが世界に広まる立役者だったんです。

 

ラスタの思想⑤ーまとめー

なのでラスタの思想をまとめるとこんな感じです。

  • 旧約聖書を大事にしてる
  • 旧約聖書に独自の解析を入れている
  • ハイレ・セラシエを救世主として信じている
  • アフリカ回帰思想を持っている
  • ボブマーリーはラスタを世界に広めた人

ちょっとかなりおおまか過ぎてラスタの人に見られたら怒られそうですが、まあこんな感じです。ちなみにこれはあくまで一般的に言われているラスタの考え方で、初めに言ったように全員がそう考えてるわけではないですし、結構どんどん変わっていくんです。

 

では次にライフスタイルについて見ていきたいと思います。

 

ラスタのライフスタイル①ー身体は神殿ー

実は何よりこれを大事にしているかもですね!というかこれがわかれば結構ラスタが見えてくると思います!

 

彼らの根本には「自分の肉体を神殿のように、あるがままに敬うべき」という考え方があり、それを中心に全てのライフスタイルを構築しています。では見ていきましょう

 

ラスタのライフスタイル②ー髪は切らない。髭も剃らない。タトゥーも入れない。ー

①で書いたように彼らにとって身体は神殿であるので、それを傷つけることをよく思いません。そして彼らにとっての体とは、髪の毛や髭も当てはまるのです。ですのでもちろんタトゥーも入れません。

 

なのでラスタは基本的に髪を切りません。なので多くのラスタはドレットロックスという髪型になります。それは別にああいう風にしているのではなく、黒人の髪の毛を伸ばすと結構自然とああなるんです。多少くるくるねじったりはしますけどね!

 

聖書の以下の影響が大きいですね!

「頭髪の一部をそり上げたり、ひげの両端をそり落としたり、身を傷つけたりしてはならない」
「その子の頭に剃刀をあててはならない。彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう」

 

 

ラスタのライフスタイル③ー体に悪いものは入れないー

次に大事にしているのは食事です。ラスタの食事を「アイタルフード」と呼ぶんですが、その語源は「バイタル(生命)」から来ており、自然から取れる健康的なものだけを食べよう、という勧化方です。

 

基本的には菜食主義で、特に豚肉やエビなどの甲殻類、貝類などは旧約聖書にのっとって禁じられています。また加工食品も嫌います。

 

この食生活も、ラスタの大きな特徴の一つです。また、人によってどこまで厳格に実施するのかは異なります。

 

ラスタのライフスタイル③ー大麻は聖なる薬草ー

これも有名かと思いますが、ラスタにとって大麻マリファナガンジャ)はとても神聖なものです。これも聖書の様々な箇所に対して解析をして、その神聖さを表したりしています。

 

この大麻をつかって病気を治すラスタもいたりします。ただしこれも例に漏れず、全体んが大麻を吸うわけではないです。

 

少しは想像ができましたか?

だいたい簡単に抜き出すとこんな感じなると思います。ただなんども書いている通り、ラスタっていうのは「これが正解!」というのはほとんど存在しないので難しいです。ただしほとんどのラスタはとにかく「食事」を大事にしている印象です。逆に食事を大事にしていない人は、偽ラスタといってもいいくらいかと思います。

 

まあこのような人たちがジャマイカにはだいたい5%くらいいると言われています。街を歩くとたまにすれ違うくらいですね。

 

ジャマイカという犯罪大国のなかで、彼らはびっくりするぐらい穏やかで平和的です。とても和まされます。

 

終わりに

とりあえずざーっとまとめてみました。また他のサイトなどを見ればさらに詳細なども書いてあると思うので、ぜひそちらも参考にしてみてください!

ジャマイカのご紹介ー現代社会の負の遺産を背負った地上の楽園ー

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※所要時間:5分〜8分(約3200字)

まあ僕のブログにもこれからちょくちょく出てくる可能性が高いので、一旦僕の方で簡単にジャマイカという国についてご紹介しますね!

 

ジャマイカを一言で表現すると?

ジャマイカってどういう国なの?ということを僕なりに一言で表現すれば、「現代社会の負の遺産を背負った国」となります。これがどういうことなのかはまた後ほど説明しますね。 

 

場所と大きさ

カリブ海に浮かぶ島国でして、大きさは秋田県くらいです。カリブ海なので海はめちゃ綺麗です。

首都

キングストンってとこです。治安めちゃ悪いですが、音楽の中心はここです。

人口

300万人弱で、人口の90%以上が西アフリカから奴隷として連れてこられたアフリカ系の人で構成されています。

言語

英語を公用語としていますが、ジャマイカ独特のなまりを持ったパトワ語というものが主流です。

宗教

60%以上がキリスト教です。意外かもしれませんがラスタファリズムを信仰している人は、5%くらいと言われています(正確には不明)。

物価

そんなに安くないです。一食普通に300円くらいしますし、お酒もぼちぼち値段します。なのにも関わらず彼らの最低賃金1日700円くらいだったりしますからね。どう考えるとめちゃ貧しいですよね!

経済

中心はボーキサイト(鉄鋼)、観光業、農業、コーヒーなどで、失業率は12.20%ほどで、貧困率は20%近い値を記録します。

気候

熱帯地域なので年中暑いです。たまにスコールが襲ってきます。

治安

めちゃ悪いっす。長年にわたって世界で最も殺人事件が多い国の一つであると言われていて、世界3位だったりもします。そして警察官による殺人も多く、10年間で1900人以上が警察官に殺されてます。

国民の関心

音楽とセックスとお金です(笑)。あ、あくまで若者ですし、あくまで僕が知ってる範囲です!

 

そのアーティストがどーだこーだとか、昨日誰とセックスしたのか、とかそんな話大好きです。それで日本人である僕を見るなり「日本人のレディを紹介してくれ!」って言ってきます。彼らからしたら「日本人女性と結婚する=日本に行ける=お金持ちになれる」という方程式が成り立っているんです。だから、日本人女性はめちゃモテますよ!笑

 

ジャマイカという名前の由来

ジャマイカの先住民のアラワク族のXaymaca(ザイマカ)という「木と水の地、泉の地」という言葉を、スペイン人がJamaica(ハイマカ)と呼び、イギリス人がその綴りを変えずに読み方を変えてJamaica(ジャメイカ)と呼ぶようになったため。

 

ジャマイカの歴史(ざっくり)

ここではざっくり触れますが簡単に言えば以下の流れです。

  • 南米から渡ってきたとされるインディアン系の先住民(アラワク族)が住んでいた
  • 1494年にコロンブスがアメリカ大陸発見ののちに、ジャマイカ島を発見
  • 1509年にスペイン領になり、サトウキビのプランテーションとして活用される
  • しかしアラワク族がその重労働に耐えきれなかったため激減。それを背景にスペインはアフリカより黒人奴隷をジャマイカへ輸入し、安定した労働力を確保
  • 1670年より、イギリスがジャマイカ島を占領し、ジャマイカは正式にイギリス領に
  • 1962年に正式にイギリスから独立。元首はジャマイカにはおらず、イギリス国王を元首とした。

 

ここから詳しく歴史の話を 

 まあなのでジャマイカは元々は黒人の国ではなく、西洋の植民地政策によって先住民が駆逐され、アフリカから黒人奴隷が連れてこられできた国なんですね。その歴史の約450年が西洋の奴隷国家として扱われてきた国なんです。これだけでも結構強烈じゃないですか?

 

そして次に「逆になんでジャマイカは独立できたの?」って話になると思いますが、それは時勢というのもあるでしょうし、一部には「ジャマイカが経済的にイギリスのお荷物になったから」とも言われています。

 

これは一つの観点なのでなんとも言えないですが、実際にジャマイカは「形としては」独立しましたが、その歴史を見ても分かる通り国としての機能を育ててきていません。言うなれば土台もしっかりない家が、「今日から家を呼んでいいですよ」と言われたようなもんです。

 

その結果襲ってきたのが、アメリカを中心としたグローバル企業による経済的圧力です。ここら辺の詳細はここれは語りきれないので、以下のDVDを見てもらえればと思います。かなり衝撃的な内容です。

 

ジャマイカ楽園の真実 LIFE&DEBT [DVD]

 

このDVDhが大企業中心の「グローバリゼーション」がどれだけ後進国を苦しめているのかが分かるドキュメンタリー映画です。IMFや、ジャマイカの政治家、農民など、多様な視点から「資本主義」について考えることができる内容です。

 

まあそんなこともあり数百年に及ぶ肉体的奴隷から解放されたかと思ったら、次に待っていたのは経済的奴隷だった、というわけです。

 

僕がなぜジャマイカを「現代社会の負の遺産を背負った国」と表現したのか

では僕はこの様な歴史を持つジャマイカを「現代社会の負の遺産を背負った国」と表現したのでしょうか?そのためには現代社会の成り立ちを理解する必要があります。

 

現代社会は西洋を中心とした科学技術の発展によって、ここまで反映することができたと思います。それは誰もが否定できないことですし、西洋がここまで牽引してくれたからこそ、僕たち日本人もここまで物質的に豊かな暮らしを送ることができています。

 

そして、その西洋が発展することができたのは、大航海時代に植民地をどんどんと増やすこととによって、莫大な資本を手に入れることが可能になり、その資本を元に多くの科学技術の発展を起こし、より力強く世界を西洋化していくことが出来ました。

 

現代社会の発展に欠かせない影の功労者ー植民地という経済大陸ー

そしてその発展の輝かしい歴史に欠かせないのが実は「植民地」の存在なのです。

 

この西洋の植民地の国々で、数え切れないほどの奴隷たちが、ほぼ無給で、考えられないような重労働を、何百年に渡って行い続けたからこそ、そこから西洋諸国が莫大な利益を獲得し、この西洋文明が発達することができたのです。

 

では、そんな「影の功労者たち(元・植民地の国々)」は現在どのような状況に置かれているでしょうか?

 

ほぼ多くの国が経済的に苦しんでいます。世界の貧困国家の多くはジャマイカを中心とした元・植民地の国々です。それらの国は、「植民地」という形式はなくなっても、未だに西洋文明の恩恵を授かることが出来ていません。

 

このような状況を踏まえて僕は「現代社会の負の遺産を背負った象徴」と表現したのです。

 

人類歴史で日本という国が担った役割ージャマイカが独立できた背景ー

どうしても人間は「光」ばかりを見やすいです。現代社会は大いに発展しました。私たち日本人は先人たちの努力によって多くの恩恵を受けました。

 

忘れてはならないことはこの日本という国もジャマイカのような植民地になる可能性は充分にあったのです。しかし当時の江戸末期の人々は日本民族を、またアジア民族を守るために当時有色人種の誰もが敵うはずがないと思っていた西洋と戦います。

 

結果的には敗戦してしまいますが、日本の努力のお陰で、アジアの国々は植民地から解放され、現在に至っては植民地は世界のどこにもありません。また日本が唯一有色人種として近代化に成功したお陰で、多くのアジアの国々も経済的に豊かになることができました。ジャマイカを見ても、日本のお陰で独立できた、とも言うことができるくらい、実は日本という国は世界的に見ても大きな役割を担ったのです。

 

これが今僕たちが生きている現代社会です。

このような流れを受けて僕たち日本人も、ジャマイカ人も現代に生きています。

 

だからこそ僕たちは、よく見える「光」ばかりを見るのではなく、その裏に隠れている「闇」に目を向け、その「光と闇」「正と負」の両方を理解した状態で、「世界」を見渡して行かなければならないと思います。

 

そうなった時に少しでも世界に対する観方が変わりませんか?僕はこの「ジャマイカ」という国を通して多くのことを学ばせてもらいました。それは今でも本当に感謝しています。

 

ぜひ皆さんにとってもこのブログが何かのキッカケになっていただければと思っております。では、本日もお付き合いいただきありがとうございました。

而立(じりつ)塾についてのご案内ー設立趣旨やコンテンツなどー

このブログの管理人が運営している「而立(じりつ)塾」についてご案内させていただきます。

 

而立(じりつ)塾の設立趣旨

 

而立塾の設立趣旨は一言で言えば「何があっても生き残れる・これからの時代を牽引できる20代の量産」です。細かい問題意識などは下記を見ていただければと思います。

 

 

どんな20代を生み出そうとしているのか

 

では次に、私がどのように上記のような20代を量産しようとしているのか?ということが重要になってくると思います。その中で僕がこれからの時代に最も重要だと考える能力は「主体性・創意性・洞察力」です。

 

これは違う言葉で表現すれば「何をどのようの観察し、何をどのように考え、何をどのように行動するのか」の「基準点の定立」になってきます。この「基準点の定立」が出来た時に「而立が出来た」という形で捉えています。

 

逆の表現をすれば、現代の教育では上記のような「基準点の定立」が難しく、結果「周りに合わせる」「自分では何も考えられない」「指示を聞くことしかできない」「主体性が発揮できない」「アイディアを生み出すことができない」などの状態になってしまうのげ現状です。

 

どのように基準点の定立(而立)をしようとしているのか

 

では而立塾では、どのようにその「基準点」を定立させようとしているのでしょうか?その時に活用しているのが「認識技術」です。

 

「認識技術とは何なのか」ということを一言で言うと「宇宙の根源を活用して、今ここを観察する技術」であり、あらゆる宗教的、哲学的、科学的な観方を包含するものであります。なぜ私が数ある手法の中で認識技術を選択したのか、という点はまた記事を書かせていただこうと思います。

 

ここまでをまとめると

 

ということでここまでをまとめると「而立塾」は「認識技術」を活用して、「何をどのように観察し、何をどのように考え、何をどのように行動するのか」という「基準点を定立」し、「何があっても生き残れる・これからの時代を牽引する20代の量産」を目指しているということになります。

 

而立塾の運営スタイル

 

では次にどのようなスタイルで塾の運営をしているのか、ということになると思いますが、基本的には以下の4つのスタイルをとっています。

 

  1. お試しの「無料メール而立塾」
  2. 月額4980円の「オンライン而立塾」
  3. 4800円/2時間の「お試し而立塾」
  4. 月額9800円の「リアル而立塾」

 

基本的にどれも「認識技術の習得及び習慣化」を中心としたコンテンツになっておりまして、この手段や頻度がこのなっているものになっています。では一つずつ簡単にご紹介します。

 

お試しの「無料メール而立塾」

これは皆さまからメール(LINE)を用いて、現状などをご相談いただき、それに対して私がメール(LINE)にて回答して行く流れになります。このコンテンツの目的としては、「いきなりリアルであることに抵抗のある人」「そもそもどうしたら良いかわからない人」などに活用していただけたらと思っています。

 

月額4980円の「オンライン而立塾」

 

このコンテンツは月に2回程テレビ電話でのMTGを行うことのできる内容です。上記のメール(LINE)での相談から、よりもっと入り込みたい人向けです。1回1〜2時間ほどで行います。

 

4800円/1回の「お試し而立塾」

 

このコンテンツはリアルでお会いして、2時間程でMTGを行う内容になっています。オンランよりではなく、さらに入り込みたい人向けです。

 

月額9800円の「リアル而立塾」

 

このコンテンツはリアルで月に2回MTGする内容になります。これが現段階では一番入り込んだコンテンツになりますので、「変化したい!!」という思いが強い方は、このコンテンツを試してみてください。

 

終わりにー管理人の基本的なスタンスー

 

 とまあこの様なコンテンツを準備していますが、基本的に私のスタンスは「共にこれからの時代を生き残る・牽引する仲間作りがしたい!」という感じです。ですので、あまり気負わずにご連絡いただければと思います。

 

最終的には皆さんが認識技術をマスターしていったら、皆さんもこのような塾の運営なりをできるようなサポートもバンバンしていこうと思っていますので、そういう相談もありです。

 

なによりこれからの時代は20代がどの世代よりも活躍しないとならないと思っていますので、是非とも共に新時代を作っていけたら幸いです。

 

 

 

管理人のプロフィールー少し長いですが、お付き合いいただければ幸いですー

 ※所要時間:12分〜18分(約7200字)

 今回はブログ管理人のプロフィールをご紹介したいと思います。

 

生まれと育ちーとにかく負けず嫌いな少年ー

 

生まれは茨城県取手市、育ちは茨城県守谷市です。2つ上に姉がおりまして、子供好きの母と、野球好きの父の元に生まれます。

 

この寛容な両親の元ですくすくと育ちまして、性格は根っからの「負けず嫌い」で育ちました。幼少期から両親や幼稚園の先生に対しても「なぜお前の指図を聞かねばならないのだ」と内心思いながら日々生活していました。

 

未だに両親が言うには「あの頃はあなたが将来人殺しにならないように必死に向き合った」とのことでした。恐らく相当な暴れん坊だったのだと思います。そうはいっても僕は両親、特に母親が大好きでした。姉とも仲良しで、いつも姉の後ろを付いて回っていたそうです。

 

暴れん坊が一転、なぜか良い子に豹変ー祖父母と両親の間で傷つく少年ー

 

しかしそんな「暴れん坊」も小学校に上がるとおとなしくなります。このキッカケは少し込み入った話になりますが、私の家は両親と祖父母の仲がよくありませんでした。あまり表立った喧嘩はしないのですが(両親が見せないようにしてたそうです)、子供なりにその緊張感は感じていました。

 

のちに母親がよく言っていたのですが「あなたは本当に敏感な子だった」というように、子供なりにその関係性を察し「なんで僕のおじいちゃんとおばあちゃんは普通に家と違うの?」と聞かれてひどく困ったそうです。

 

そんな両親と祖父母の関係があっても、そんなことはお構いないしに「暴れん坊」の少年は暴れます。しかしどうでしょう?その関係がある中で、その少年が暴れると、祖父母はえらく機嫌を損ねます。ちなみに両親曰く「多分おばあちゃんはあなたを自分の孫だと見てなかったと思う」とのことでした。その周辺の背景は省略しますが、まあとりあえずそんな関係性で、とても一般的な祖父母と孫の関係ではなかったようです。

 

そして祖父母が機嫌を損ねるとどうするのか。もちろん私に直接叱ることはありますが、その大半が僕の「両親」へと向かうのです。どんな言葉を投げていたのかはわかりませんが、恐らく「あなたがしっかり躾けないから」「ちゃんと育てなさい」などという言葉であったのでしょう。僕はその姿を影から見守るしかありませんでした。

 

このことに「暴れん坊」の少年はひどく心を痛め、「自分が騒ぐと大好きな両親に被害が及ぶんだ」と思ってしまします。そのことを何度か繰り返していくうちに「騒ぐこと自体がダメなんだ」となってしまったようです。それが恐らく、幼稚園の年長の頃でしょう。そのことがあって以来「暴れん坊」であった少年は、「暴れる」ことをやめてしまします。

 

良い子になった少年のエネルギーの矛先とは

 

それからというもの両親が驚くほどの「良い子」に転換したそうです。それがちょうど小学校に上がるくらいだと思います。ただし、ただでさえ「暴れん坊」であった少年は、エネルギーが有り余ってしまいました。では、そのエネルギーをどこに使うことになるのでしょうか?

 

それが「勉強」と「スポーツ」です。

 

育ちの上からも、そこまで賢い子供ではありませんでしたが、そのエネルギーを一点に集中させれば以外と出来ちゃうもんで、当時は公文式に通っていましたが、みるみるうちに成績は伸び、恐らく同学年ではトップクラスで、小学校5年のときには中学3年の数学を勉強していました。

 

スポーツにおいては、父の影響もあり野球に専念しますが、これまたなかなか地域では上手な方であったと思います。ただし体が小さかったことと、飽き性であったので、そこまで努力もせず、いわゆるセンスだけでやっていたため、そこまで能力が伸びることはありませんでした。

 

常に心の中で自分に問い続けてきたことーあなたの好きな人生を歩みなさいー

 

そのように「勉強」と「スポーツ」を中心に高校まで頑張るのですが、僕の心の中に常にこんな問いがありました。

 

「自分が心から熱中できるものを見つけたい」と。

 

勉強にしても、スポーツにしても、僕からすれば「学校や先生が要求してくるからやっている」に過ぎませんでした。幸い僕の両親の口癖は「あなたの人生なんだから、あなたの好きなように生きなさい」というもので、常に「高校に進学しなくても良いし、勉強だってしなくても良い」という風に言われ続けてきました。

 

そのような環境であったからか、僕の中には常に「自分はどのような人生を歩むべきか」という問いがありました。

 

そんな中、大学へ進学します。当時"IPS細胞"が少し話題になったこともあり、僕は生物系の大学へ行って、研究者になり、世に役立つ研究をすることを志ます。まあ、エネルギーは有り余っていましたから、高校3年生の夏に野球部を引退してから、猛勉強を行い、生物だけでいえば偏差値が80ほどにまでなりました。そんな大きな期待とエネルギーをかけて、大学へ入学しました。

 

大きな期待を持って大学へ入学ー大きな落胆と新たな楽しみー

 

そしてそんな期待と裏腹に、大学の授業のつまらなさに落胆します。「こんなことを4年も続けられるだろうか・・・」と。入学当初の授業はほとんど私が高校で学んだものばかりで、授業に出る意味を失ってしまいました。そこで次に私がそのエネルギーをどこに注ぐのかと言うと「大学の友人との交流」です。

 

当時の私は小学校から高校まで勉強と野球漬けの人生でしたから、「友人との交流」というのは単なる人生の付属品でしかありませんでした。しかし大学で経験した「友人との交流」は勉強やスポーツよりも何倍も楽しく、刺激的なものでした。

 

あまり大きな大学ではありませんでしたから、その日に仲良くなった友人が、次の日には別の友人を紹介してくれ、さらにその次の日にはその友人がそのまた友人を紹介してくれる。そして毎晩のように友人宅に泊まり、語り、遊ぶ、そして翌朝は大学の授業に遅れて参加する・・・・そんな毎日でした。

 

そんなことを一年もしていると、大学で知らない人はほぼ居なくなってきます(もちろんこれは当時の僕の主観です)。そしていつの間にか大学で一番大きな団体(最大で300〜400人くらい在籍してたかなぁ)の責任者を任されるようになっていました。

 

しかしエネルギーの有り余った「元・暴れん坊」はそれだけでは満足しきれず、さらに大きな「自分のエネルギーの投入先」を求めます。

 

人生の大きな転機ーある飲食店との出会いによる大きな転換ー

 

その一つが僕の人生に大きな影響を与えた「アルバイト」でした。

 

当時の僕はカラオケ屋で夜勤のアルバイトや、多少の塾講師などはしたことがありましたが、本格的に仕事をしたことはありませんでした。ですので僕からしたら初めての仕事でもあり、また幸運にもその初めての仕事先がめちゃくちゃ最高の場所だったのです。

 

その仕事先は個人経営の飲食店で、そのお店は地元で長く続く飲食店でして、代々その家系の家長が店を切り盛りし、その人独自の色でお店を経営していました。

 

当時は、丁度その飲食店のオーナーが店をリニューアルオープンし、その人の理念の元に新しくお店をスタートさせようとしていた時期でした。私はその時に丁度、採用していただくことになったのです。

 

その店で受け取った人生の大事な価値観ー仕事とはー

 

この時について書いてしまうとえらい長くなってしまうので、省略しますが、僕がこのお店で働いて一番影響を受けたことは「仕事とは楽しいものであり、自分の志をそのまま反映したものなんだ」ということでした。

 

私の両親は父が公務員で、母は介護職についていましたので、俗に言う一般的な家庭でして、当時の私にとって仕事とは、「お金を稼ぐためのもの」くらいの認識しかありませんでした。しかしそのお店で働かせてもらうことにより僕の仕事観は一変しました。

 

オーナーが重んじてくれた若造の人生と自主性

 

なによりオーナーをはじめその他の方々がとても人間的に素晴らしい方々で、何より大事にしてくれたことは「私の人生」であり「私の自主性」でした。「お前がお客様にとっていいと思うことをしたならそれでいい」「何よりお前が仕事を楽しんでほしい」・・・そんな言葉ばかりが飛び交う職場でした。

 

こんな何も知らないど素人の若造に、ここまでの姿勢を取れる大人がいることに当時の僕は相当な感動でした。またそのことを通して俗に言う「大学や社会が要求する就職だけが就職でない」ということも知ります。

 

とにかくここでの出逢いは僕の人生に大きな影響を与えます。そのような価値観をもらった僕は、より一層以前にも増して「自分が心から熱中できるものを見つけたい」「自分はどのような人生を歩むべきか」と考え出します。そしてそ私はより広い世界を目指します。

 

より大きな世界を目指してー好奇心旺盛な少年ー

 

当時の私はとにかく、やったことのない事・知らない世界を知りたい!、という思いであふれていました。こうやってみるととても好奇心の強い人間でしたね。とにかく心の奥底にある「エネルギーの使い先」を見つけていました。

 

そしてあるきっかけで知った「発展途上国に小学校を建てる」という学生団体に加入し、そこから海外というものを知り、さらには多くの他大学の学生と知り合い、多くの刺激を受けます。そこからは大学3年生にも入り、今まで捜し求めてきた「自分の人生」を大きく決める「就職活動」というものを始めます。

 

少年は就職活動へ突入ーとにかくやってみる!ー

 

私の性分からいって「やってみないと分からない」というものがありますから、とりあえず興味のあるベンチャー企業で夏休みに一ヶ月ほどインターンをさせてもらいました。しかし正直そこでは事務作業レベルしかできず、「もしかして会社で働くとはつまらないものなのか」と思ったりもしました。

 

そして丁度僕私就活をした時期はいろいろな企業が「SNS就活」に乗り出した時期で、感度のいい学生や企業はだいたいSNSを中心に活動していました。それをいいことに私はとにかく行けるだけ多くの企業の話を聞き、そこで出会った学生、社会人の方に多くの話を聞きました。

 

その時も僕の心の中にあったのは「自分はどのような道であればこのエネルギーを発揮しきれるだろうか」ということでした。昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日が、燃えたぎるような人生を望んでいましたから、その道を探す就職活動という行為は、僕にとってとても楽しいものでした。

 

就職活動で生まれたある疑問ー社会からの早すぎる要求ー

 

しかし就職活動も半年を過ぎた頃、僕の中で一つ疑問が生まれます。それは「あと半年も経たないうちに自分の人生の大きな一歩を踏み出さないとならないのか。その割に自分はあまりに社会について無知すぎはしないか」ということでした。

 

当時の僕にとって、世界はどんな仕組みで回っておりいるのか、また世界はこれからどこに向かおうとしているのか、なぜ社会にはこんなにも多くの企業があるのか、伸生き残ることのできる企業・淘汰されていく企業の違いとはなんなのだろうか・・・などの社会の仕組みを知らない状態で就職先を決めるというのはとても難しい話でした。それは例えるならば「地図がない状態で、とりあえず行き先を決めろ」と言われているような気分でした。

 

とはいえ社会はそんな個人の事情はお構い無しにそれを要求してきます。「まずは働きながら学ぶものだよ」という方もいましたが、地図のないまま航海に出ることは僕にとってあまりに無謀なように思えました。

 

休学を決め世界を眺めることにーとにかくやってみよう!ー

 

そして悩んだ挙句、一度大学を休学して、世界・社会に対する理解を深めることにしました。幸いにも寛大な両親は、特に反対することもなく、「あんたが決めたんならどうせ何言っても変わらないだろうから好きにしない」という態度でした。

 

とはいえ世界・社会に対する理解を深めるためにどのようにすれば良いのかは、正直検討も付いていませんでしたが、とりあえず日本の外に出てみることにしました。そしてできるだけ、日本とは文化や雰囲気の異なる所に行こう、と思いました

 

行き先はとりあえずジャマイカーそんなに深い意味はありませんー

 

それで選んだ国は「ジャマイカ」でした。「なぜジャマイカなのか」とよく聞かれるのですが、そこまで大した理由はありません。言うなれば先述した飲食店の店長がジャマイカが好きで、その文化などを教えてもらっていたり、「よくわからない国に行くより少しくらい知ってる国がいいだろう」というような理由です。

 

まあそれでジャマイカに行くことになるのですが、当時は1年間ずっと行くかぁ、なども考えていましたが、ビザの関係上3ヶ月が限度でしたので、とりあえず3ヶ月訪問することにしました。

 

そしてこのジャマイカについても書き出すとものすごい量になるのでここでは省きますが(またどこかで書きますね)、このジャマイカを訪れたことは、現在の僕の人生の大きな大きな転換期になりました。

 

少年の当たり前を木っ端微塵に破壊したジャマイカという楽園

 

まあどう転換したかを一言で言えば「当たり前が破壊された」って感じです。「どんな当たり前」かというと多くの分野においてです。歴史観、食事観、人生観、自然観、宇宙観、社会観・・・・もう木っ端微塵にやられましたね!

 

その証拠にジャマイカから帰国後に僕はビーガン(完全菜食主義)で、髭も髪も切らずに、農業を始め、ヒッピーのような格好で、自給自足のライフスタイルを模索し始めました!笑

 

さすがに寛大な両親も「あなたは何を目指してるの?」と疑問を抱いていましたが、当時の僕は「それは俺にもわからん」と答えるくらい、人生の迷走期に入っていました。

 

少年がジャマイカで受け取ったものー現代社会に対する強烈な危機感ー

 

まあ僕がジャマイカで受け取ったものを一言で言えば「現代社会に対する強烈な危機感」って奴ですかね。いままで対して世界や社会というものに目を向けたことのなかった少年の前にいきなり「現実」というものが襲い掛かってきたのです。それはジャマイカで見た「貧富の格差」もそうですし、それらを生み出している「資本主義」というシステムですし、さらにそこに生きている「人間」というものがありありと見えたのです。

 

そのことを見た私は「こんな社会は絶対に自分の子供に渡せない!」と強烈な危機感を覚え、帰国したのです。

 

とはいえ、そんな巨大なシステムを変革するなんて相当な話ですし、そもそもそこまで見ている大人も少なかったです。そのことを知っていたとしてもそれは無理である、と早々に諦めている人が大多数で、そこに抗おうとしている人たちも、彼らの手段ではその社会秩序の代案なるものには到底なりそうもありませんでした。

 

そんなもやもや時期にとにかく人に会ったり、とにかく本を読んだりしていました。毎週図書館の上限である20冊を借りていましたね。今思えばそれらの中身を当時の僕が理解していたとは思えませんが。笑

 

とにかく必死でした!

 

そんな時に出会った人生の恩師ーNoh Jesuとの出会いー

 

そんな時に今の人生を歩むきっかけとなった認識技術創始者である"Noh Jesu"の講演会に参加しました。

 

これも話すと長くなるので割愛しますが、その講演会を聞いて僕は「この人はもしかしたら僕が見ている以上の世界を見てるかもしれない」と感じ、直接話を聞き、「この人はおそらく知っている」と確信します。

 

そして彼から「この認識技術を使って、日本の若者が世界を救済して欲しい」と言われ、「この認識技術が本物なのであれば是非そうさせて欲しい」と思い、彼が行っている教育プログラムに参加しました。

 

認識技術を身を持って経験ーとにかく全てが圧倒的であったー

 

その認識技術は当時の僕が想像をはるかに上回ったものでした。そしてその認識技術によって僕は就職活動の時に得たいと思っていた「地図の全体像」を得て、「いま世界がどのような状態なのか」を理解し、「何をどのようにすれば自分がジャマイカの時に持っていた危機意識が解決するのか」の道が観えました。

 

そしてこの認識技術を活用すれば「誰もがこの地図」を得て、「誰もが主体性と創意性と尊厳性を持って生きることが可能」であると確信しました。

 

そしてついに僕は「自分が心から熱中できるもの」「自分の人生の使い道」を見つけたのです。

 

認識技術を学んでから今に至るまで

 

それからというもの、福岡で1000人規模のイベントを行ったり、東京でも数百人規模のイベントを行ったりしたのち、大学を卒業(一応卒業したんです。笑)。

 

その後福岡に移り、認識技術を学びながら、認識技術を広めるイベントや活動を行いながら、現在はその中で感じた問題意識もあり、このブログや「而立(じりつ)塾」というものを運営しながら、次世代を牽引できる20代を量産すべく活動しています。

 

いま時代は大きな転換期を迎えています。そんな時代に「過去」や「常識」は通用しません。だからこそ「自分たちの力」で未来を切り開いていかなければならないと思います。そしてそれは「既得権益を持っている大人」ではなく、「何も持っていない若者」から起こるしかないでしょう。

 

そんな「何も持っていない若者」が「自分の力で未来を切り開ける」ようになるためのサポートをこのブログと「而立(じりつ)塾」が担っていきたいと思っています。

 

終わりに

 

是非今の社会に問題意識を持っている方、未来に不安している方、もっとを力をつけたい方、共に学び、共に未来を創っていきましょう!未来は僕たちの手にかかっています!

 

ぜひこのブログや「而立(じりつ)塾」が皆さんの人生にとって微力ながらお力になれたらと思っています。どうぞ今後ともよろしくおねがします。