20代からの"而立(じりつ)"のすゝめ

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

【最終章】悪魔と呼ばれた天才の中の天才"ノイマン"とNoh Jesuーノイマンの限界を補う"Noh's Way"という新たな方向性ー

 

では、悪魔と呼ばれた天才の中の天才"ノイマン"が見落としてしまった、盲点とはなんだったのでしょうか?さらに言えば、ノイマンが追求し続けた"科学技術"の限界とはなんなのでしょうか?

 

そしてさらにそれを補うNohJesuが提示する"Noh's Way"とはどのようなビジョンなのでしょうか?

 

変化の方向性ー人間以外の開発を続けてきた歴史ー

例えば侍がいたとします。彼が相手を上回るためには、素晴らしい刀を持つことも大事ですが、それ以上に大事なことは刀を握る侍自身の変化・成長であることは間違いないと思います。いくら素晴らしい刀があったとしても、それを扱う側が変化しなければ何の意味もないですし、むしろ悪い方向に向かうことも十分にあり得ます。

 

これは今までの人類歴史も同じで、西洋のルネサンス以降私たち人類は多くの発見と発明を繰り返し、今までとは比べ物にならないほどの変化を巻き起こしました。しかしその変化の方向性は常に"人間以外の開発"でした。

 

私たちはどの方向性に向かうべきなのか

 

その結果いままで解決することのできなかった多様な問題も多く解決されるようになりました。しかしそれと同時に多くの問題も生み出す結果となりました。例えば、核融合核分裂の技術の発展によっていままでとは比べ物にならないほどのエネルギーを生み出すことが可能になりました。しかしそれと引き換えに、人類が人類を滅ぼすことのできる技術を手に入れてしまったのです。

 

SNSにしてもそうですよね?手軽に世界中の人と関係性をもつことが出来るようになった一方で、多くの犯罪も生み出されてしまいました。IT技術によって情報処理における多くの問題が進化発展しましたが、逆に多くの雇用が奪われてしまうことも生まれてします。

 

このように私たちはいままで人間以外の開発を繰り返してきましたが、その技術を扱う人間自体の変化は何一つ起こっていないと言われています。それは理論物理学の第一人者でもある"ミチオ・カク氏"が唱える"穴居人の原理"でも言われています。

 

ということは私たちは人類が誕生してから本質的には、"人間自体の進化"は起こっていないということになります。しかし実際私たちはいままで"人間自体の進化"がなくても生きてくることはできました。ではこれからこの先もその変化の方向性は必要ないのでしょうか?

 

なぜ今の時代は"人間自体の変化"が求められているのか

 

その答えは"No"です。その答えに至る要因は数多くあります。貧富の格差の極大化、環境問題、テロ問題、精神性の崩壊・・・しかしその中でも最も注目しなければならない問題は" AI"です。

 

すでに多くのパートでの開発がなされていますが、象徴的な例で言えば、今は"株の投資"も全てロボットが行うようになっています。それだけでなく"SEXロボット"までも誕生してしまっています。これは理性のパートだけでなく、感性のパートでも人間の存在が危機にさらされている状況にあります。

 

この状態で人間は何をするのでしょうか?

 

"人間自体の変化"によってなぜノイマンの限界を補うことが可能なのか

 

実はまさにノイマンの盲点こそが"人間自体の変化"だったのです。彼が貫き通した姿勢の一つに「科学者は生み出したものの使いみちについて考えるのには適さない」ということを前回の記事でご紹介したと思います。

 

これは一言で言えば、「科学者は発明したものの責任を負わないし、それを扱う人間自体については干渉しない」ということだと思います。彼の人間性や、人生の目的は正直知りませんが、この発想は「発明自体を純粋に楽しんでいた」か「人類文明をよりよくしていきたい思いはあるが、人間自体の変化はできないから諦める」ということであると思います。

 

あれだけの天才が人類歴史上に生まれていたにも関わらず、未だに人類が平和で誰もが幸せに暮らせていない理由はまさに"人間自体の変化を生み出せる人がいなかったから"であると言えると思います。

 

では"何をどのようにすれば人間自体の変化を生み出すこと"ができるのでしょうか?

 

全てのビジョンを底上げを可能にする"Noh's way"という方向性

 

まさにその"人間自体の変化"から時代の変革を生み出そうとしているのが"Noh Jesu"であり、彼が見ている"Noh's Way"という方向性です。彼は20年前から一貫してこのビジョンを語り続け、その20年の月日をかけてやっと、2015年の終わりにその中心価値であり、変革技術である"認識技術"を完成させ、2016年から一気にそのビジョンの具現化へ向け動き出しています。

 

Noh's Wayの中心価値である"認識技術"はシンプルに言えば、いままで人類が生み出したすべての宗教、思想哲学、数学物理学、科学技術、IT技術の限界を補なう"メタ認識方式(Noh Jesu認識方式)"によって、個人のライフスタイルから、家庭、企業、都市、国家、そして現代文明そのものをパラダイムシフトさせる道を案内する技術です。

 

この技術を開発したNoh Jesuはノイマンと同じように、あらゆるジャンルに精通した情報・知識を持っていますが、二人の最も大きな違いをあげるとしたら"責任感"であると思います。

 

Noh's Wayという方向性を提示しているNoh Jesuとノイマンの最も大きな違い

 

ノイマンは素晴らしい発見や発明をしました。しかし、端的にいってしまえば彼はその発見や発明によって生じる人類や時代の方向性についてはサジを投げてしまったのです。だからこそ彼はその活用には手を出すことはありませんでした。

 

ではNoh Jesuはどうでしょうか?

 

一言で言ってしまえば、Noh Jesuが発見し発明したものは恐ろしいほどの威力と危険性を持ち合わせています。そして彼はそれを発見・発明しただけで、放っておくこともできたし、誰にも共有しないことはできたのです。しかし彼はその選択肢を選びませんでした。

 

彼が選んだ道は"人類500万年の歴史を終わらせ、72億人をWin-Win-Allwinの道へ案内する"ことでした。彼は自分の発見・発明だけでなく、人類歴史すべての責任を背負ったのです。その道は簡単なものではありません。彼に話を聴けばわかりますが、本当に壮絶な道のりだったそうです。

 

ではなぜ彼はそんな道を歩むのでしょうか?なぜ彼は多くの避難、罵倒、誤解に負けることあく歩み続けることができたのでしょうか?

 

ぜひその答えは彼と直接会って聞いてみてください。

 

終わりに

 

ノイマンとNoh Jesu。二人の歩んだ道はある側面ではとても似てるようにも思います。しかしその道の先にある時代の方向性は全く真逆のものであるとも言えると思います。このようにたった一人の力によって時代は大きく変わるのです。

 

"そんな力強い個人を量産し、その連帯によって新しい時代を作りたい"というのがNoh Jesuの思いでもあります。ぜひNoh Jesuと日本人の汗と涙によって生み出された"認識技術"をいち早く身につけ、ともに新しい時代を作っていきましょう!

 

 

rtomizawa.hateblo.jp

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