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"I am"ー尊厳ある社会の実現に向けてー

この世界とは何なのか、人間とは何なのか、自分とは何なのか。認識技術によって開かれる未来文明

鎖に繋がれた像と自分ー"知らない恐怖"と"知っている恐怖"ー

知らない、ということはとても恐ろしいことだ。

でもそれ以上に"知っている"ということはもっと恐ろしいことだ。

 

僕がそのことでよく思い浮かぶことは「鎖に繋がれた像」の話だ。みなさんもよく知ってる話であるとは思うので、ここでは内容を説明することはしないでおく。もしわからない方はぜひWeb検索してほしい。おそらく有名なあの画像が出てくる。

 

まさにあの像は「知らない」ことと「知っている」ことのパラドクスにハマっている。

 

彼は何を知らないかというと「自分が杭を抜ける存在だ」ということ。

彼が何を知っているかというと「自分は杭を抜けない存在だ」ということ。

 

実は上記の二つはただこのまま読むだけでは矛盾してしまう。この二つの文章をイコールにするためには「時間軸」という新たな基準点を設けなけらばならない。

 

事実、現在の彼はあんな杭簡単に抜けてしまう。誰がどう見てもそうだ。しかし、どれくらい前かはわからないが、彼が生まれたばかりの子供の像だった時、確かにあの杭を抜くことは不可能だったのだ。

 

そして彼が無意識深く知ってしまったことは「自分は杭を抜くことができない存在」ということ。そして「杭を抜こうとすると足に痛みが走る」ということ。彼は不覚にもこの二つのことを「知ってしまった」のである。

 

人間にしても像にしても「脳」の仕組みというものはとても奇妙なもので、一度「知ってしまった」ことから自由になることはとても大変だ。おそらく子供の像は幾度となく「杭を抜くチャレンジ」をしたはずだ。しかし残酷にもチャレンジすればするほど「自分は杭を抜くことができない存在」「杭を抜こうとすると足に痛みが走る」という刷り込みが脳に刻み込まれてしまう。

 

そしていつしか彼は「杭を抜くチャレンジをしない」選択をし、自らの体が大きくなり、実は自分が簡単に「杭を抜ける存在」であることを知らないままに死んでいくのだ。

 

これがどういうことを意味しているかみなさんはわかるだろうか?

 

そう。これは像だけに当てはまるのではなく、人間すべて、もちろんあなたにも当てはまること。

 

これは実は「脳」の仕組みに大きく関わってくる問題だ。脳には大きく分けると4つの特徴があり、これはその中の一つ「過去とつなげて認識する」というものが働いている。そしてこの特徴に「善・悪」はない。

 

上記の像の例をもう一度見返してみると、上記の例は「像の観点」から見れば脳の仕組みが「デメリット」として働いているが、「飼い主の観点」から見れば「メリット」として働いていることがわかる。上記の例を悪いようにだけとる人がいるが

 

人間を見てみてもそうだ。

 

脳の仕組みの「メリット」によって多分に発展して来たが、その「デメリット」によって多くの問題を引き起こしている。

 

ではここでみなさんが考えなければならないことがある。

 

それはあなたが享受している「メリット」とは何で、「デメリット」とは何なのかである。ここからどんどんと、あなたの人生と像の人生がクロスオーバーしていく流れになっていく。

 

脳の仕組みの4つのうちの一つである「過去とつなげて認識する」という特徴は特に「幼少期」にフォーカスする必要がある。なぜならあなたは「0-6歳」の間に約90%の基準が作られてしまうからだ。

 

よーく考える必要がある。上記の例のようなことは自分の幼少期はなかっただろうか?お母さんの口癖は?お父さんの口癖は?お母さんはどんな人?お父さんはどんな人?・・・

 

そう。実はあなたの現在の意思決定は、幼少期に家庭環境によって作られた基準点を元に判断している。違う言葉で言えば、すでにあなたがどんな意思決定をするのかどうかはまるで機械が作動するようにほぼ決まっているのだ。

 

しかしあなたはそれに気づけない。なぜならそれがあなたの「当たり前」になってしまっているから。それを疑うこともしないし、その「当たり前」を他人に振りかざし、相手を「あなたの基準」で裁くのだ。

 

ここで一言付け加えておく。これはあなただけがやっているのではなく「人間なら誰もが」やっていることだ。だから自分を攻める必要がないし、他人を攻める必要もない。ぜならこれが「仕組み」だからだ。

 

水は冷やせば氷になるし、温めれば水蒸気になる。それと同じ話だ。人間はそうなるようになっている。まずはその仕組みを理解する必要がある。

 

どうだろうか。みなさんは自分の「杭」に気づけただろうか?

 

自分には杭なんてない?

 

もし本当にそう思うならあなたは人間じゃない。そしてあなたは人間としてこの世に存在できないはずだ。なぜなら仕組みに沿っていないから。あなたは「杭を認識していない」だけだ。それはあなたが「杭を認識したくない」という観点に縛られている可能性が高い。

 

自分は杭からもう自由になった?

 

そういう風に「思い込まれる」人もいるだろう。最近はそういった手法のカウンセリングやコーチングも流行っているのも確かだ。でもほとんどが「心理学的観点」で止まってしまい、「脳科学的観点」「存在論的観点」の杭を抜くことが出来ていない。もしあなたが本当に全ての杭から自由になっているならば、あなたは120%歴史上もっとも偉大な人物になるだろう。

 

杭は認識したけど自由になれてない?

 

それがまずは正常だ。というか杭さえ認識してしまったら次は早い。初めの像の例を見てみても、杭を認識することが実はとても難しい。なぜなら自分の当たり前を壊さなければならないからだ。

 

みなさんはどこまで深く像の例を理解し、自分とつなげることができただろうか?拙い文章ではあったが、この文章によってみなさんの気づきが深まったら嬉しく思う。

 

というのも僕自身がとてもこの例から学ばされたことが多大にある。そしてこの例に救われたこともある。

 

しかしこの例だけでは本当の幸福を得ることはできない。それは読者のみなさんもお気づきだろう。

 

それは「杭を抜くためにはどうしたらいいのか」という質問である。そのことはまた別途書きたいと思う。それよりまずは、自分の中の杭を認識してほしい。そうでなければ次の話は意味がない。

 

そのことをしっかりと受け止めてほしい。