20代のうちに知るべきこと、やるべきこと、希望すべきこと

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

人工知能の加速度的が起こっている現代社会に求められる人間の変化ー旧基準点から新基準点への変化を可能にする「道具」の発明ー

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※所要時間:6分〜10分(約4000字)

 

この世界を理解したい。この世界を捉えたい。

 

それは自分を知ることであり、自分の生き方を知ることだ。

それは自分の存在意義を知ることであり、存在価値を認識するものだ。

それと同時に、他者とどのような関係を築けばいいのかわかることでもあるし、どのような社会規範を構築すればいいのかを知ることだ。

 

この世界を理解することは、どのような方法によって可能になるのかー人間が所有する「5感覚脳」の限界ー

 

この世界を理解すること。正確に、客観的に、俯瞰的に。それはどのような方法によって可能になるのか。

 

視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を用いるだけで可能になるのであろうか。

それは否である。

 

我々の5感覚が捉えられる範囲はとてつもなく狭い。目の前の物質ですらとても大まかな捉え方しかできない。だから人類は「顕微鏡」なるものを開発した。遠くの物質は捉えることすらできない。だから人類は「望遠鏡」なるものを開発した。

 

それで世界は理解できるのか。

それは否だ。

 

ただ「観察」するだけでは不可能だ。

 

「この世界が何なのか」を理解するためには、「この世界を成り立たせている何か」を捉えられなければならない。ということは、もちろん「この世界」を捉えることも重要だが、それと同時に「この世界を成り立たせる何か」を捉えなければ、「この世界」を理解することは不可能になる。

 

「この世界を成り立たせる何か」とは何なのかー人類が到達できなかった答え。そこに人類は到達できないのであろうかー

 

では「この世界を成り立たせている何か」とは何なのか。

 

ある人はそれを「真実」と呼び、ある人はそれを「神」と呼び、ある人はそれを「空」と呼び、ある人はそれを「イデア」と呼び、ある人はそれを「膜」と呼ぶ。その世界を掴むことに成功した人もあれば、掴むことができなかった人もある。

 

人類歴史上、幾多の人が、幾多の方法でたどり着こうとしたその「答え」。その「答え」にたどり着くことができるのはたった一握りの人物だけなのであろうか。それとも人類は誰もそこに到達することが出来ないのであろうか。

 

そこにたどり着くことのできない人間は、ただ誰かの言う「この世界」を信じるしか、従うしかないのであろうか。誰かが作った世界のルールによって、踊らされるしかないのであろうか。結局人間は、教えるもの教わるもの、賢いもの賢くないもの、支配するもの支配されるものという構造から抜け出すことはできないのであろうか。

 

誰もが、自由と平等と愛と平和と、主体性と、尊厳性と、創造性と、自発性と、自営性を持った生き方をすることは永遠に訪れることはないのであろうか。

 

それは否だ。

 

違う表現をすれば人類誰もが、人間であれば誰もがその「答え」を得ることができるのだ。そしてその「答え」を得ることで、人類は一つになれるのだ。争いの歴史に終止符を打つことができるのだ。その美しい生き方が、その美しい文化文明が構築されることは可能なのだ。

 

人類が「答え」に到達できなかった原因は「基準点の誤り」であったー天動説と地動説を例にー

 

人間が争う原因、人間が四苦八苦から自由になれない原因。それは人類が500万年間答えを得ることができなかった原因と同じだ。

 

その原因が「基準点」である。実は私たち人間は500万年間「基準点」を誤って、この世界を理解しようとしてしまっていたのだ。

 

私たち人間は当たり前のように「5感覚脳」を活用して、この世界を理解している。そして「5感覚脳」を基準点として、人生を営んでいる。それは誰もが当たり前のことだろう。しかし実はそれが大きな誤りだったのだ。その「絶対的当然」によって、この悲惨残酷な人類歴史は構築されてしまっていたのだ。

 

これは言うなれば、天動説が至極当然の基準点であった人類に、コペルニクスが突きつけた新・基準点である地動説すらも超える衝撃的事実である。僕たちの「5感覚脳」では絶対に回っていることが自覚できないこの地球が、実は回っているという事実。

 

現代社会が受け入れるべき新基準点とは何なのかー「自分と自分の宇宙が実在していない」という基準点ー

 

では、現代社会につきつけなければならない新事実、新基準点とは何なのか。

 

それは「自分と自分の宇宙は実在していない」という基準点だ。

 

どう見ても、目の前の風景はある。音もある。触っている感覚もある。もちろん自分だっている。しかし、これら全ては「実在していない」のだ。そしてこの「自分と自分の宇宙が実在していない」という新基準点に到達した時に、「この世界を成り立たせている何か」と出会うことができる。

 

そしてその「自分と自分の宇宙が実在していない」という新基準点から、「この世界」を洞察した時に、全ての謎が解けるのだ。この世界が全て錯覚であり、ホログラムであり、スクリーンであったことが。そしてともて複雑であったこの世界を、とてもシンプルに捉えることが可能になるのだ。

 

新基準点に到達するために必要な要素とはー「道具」の重要性ー

 

ではどのようにすれば新基準点である「自分と自分の宇宙が実在しない」領域に到達することができるのか。

 

そのために重要なものは「道具」である。

 

例えばコペルニクスが「地動説」を唱えることが可能になったのは「天文学」という「道具」があったからだ。それは現代で言えば「科学」と言ってもいい。その「科学」の発展がなければ人類歴史はここまで発展することはできなかっただろう。

 

科学とは「現象を観察し、その現象共通の法則を見出す」方法のことを科学と呼ぶ。

※あくまでこれは現段階で僕が理解している科学である

 

しかしその科学では「自分と自分の宇宙が実在しない」領域には到達することができない。何故ならは「道具」が異なるからだ。

 

違う表現をすれば「自分と自分の宇宙が実在しない」領域には「5感覚脳」を活用している状態では到達することは不可能だ。なぜなら「5感覚脳」というフィルターを通った時点で、この現実は「存在」してしまうからだ。

 

新基準点へ移動するための「道具」とはー客観的理解を可能にした「イメージ言語」の発明ー

 

ではどのような道具が必要なのか。

 

今までの人類も多くの道具を開発してきた。瞑想、滝行、問答、信仰、論理・・・しかしそれらでは不十分であった。まったく新たな道具が必要なのだ。

 

そのために発明されたのが「イメージ言語」である。この世界を理解するために、人類の叡智が詰まったまったく新たな言語である。

 

このイメージ言語によって、「この世界」を洞察することが可能になる。※イメージ言語の詳細については是非認識技術を学んで理解してほしい

 

宇宙がない状態からどのように宇宙が誕生したのか

宇宙がない状態とはどのような状態なのか

宇宙がある状態とはどのような状態なのか

なぜ「無い」ところから「有る」ようになったのか

 

これらを「誰もが」「客観的理解」によって到達することができる。そしてそれは今までの宗教、思想、哲学、科学と何一つ矛盾なく繋がることができる。まさにメタ学問の完成でもある。

 

そしてそれは「今ここ」の自分の生き方とつながるのだ。それは、宇宙自然、歴史文明、時代精神、全てとつながった「人生」を歩むことが可能になる、という意味でもある。

 

宇宙全てを成り立たせている力と共に今ここ生きることができる。137億年の歴史全てを引っ張って今ここ生きることができる。それを「理解」の力で可能にすることができる。それは「イメージ言語」の価値だ。

 

「イメージ言語」によって開かれる新たな世界観ーすべてから自由になる再創造主としてのあなたー

 

そして「自分と自分の宇宙が実在しない」ことを理解することができれば、あなたは生老病死から自由になる。欲求欲望から自由になる。なぜならそれらが生まれる仕組みが全て観えてしまうからだ。だから全てを自らの意志で再構築することができる。目の前の現実に縛られることはもう無いのだ。

 

自分のからだを守ろうとするのは「自分がある状態」では至極当然のことだ。その「生存欲求」に縛られることで、「このからだの自分だけ」を守ろうとし、人類歴史の歯車は狂い出した。本当は「自他」は分離することが出来ない。そのことを宇宙の根源から理解した時に、あなたはすべての煩悩から自由になる。

 

人工知能の加速度的変化が起こっている現代社会に求められる「基準点革命」ー人間の可能性が爆発する時代へー

 

「基準点革命」を起こすこと。それが現代社会に求められていることです。それはAIの登場によって、絶対条件となってしまいました。

 

この世界を、この世界を成り立たせている何かを、正確に客観的に洞察し、「人間」を理解し、「人間の方向性」を理解し、誰もがその方向性へ進むことができるように案内すること。それが現代社会に生きる人間の使命だと思っています。

 

フランス革命当時の若者が全世界へと「自由・平等・博愛」を広げたように、現代社会では人間の「主体性・尊厳性・創造性・自発性・自営性」を誰もが獲得できる、そのことを広げなければならない。

 

そしてそれは人類の英知である「イメージ言語」によって可能になったと。僕はそう思っています。

 

人類が500万年間夢にまで見た、全人類が愛と平和と尊厳に満ちた文化文明を。全人類が一つになって、この現実世界を謳歌するその時を。鬱・自殺・殺人・戦争のない、希望にあるれたその社会を。僕は創りたい。この時代に生まれた者として。

 

そのためには「この世界」を客観的に洞察しなければならない。そのためには「この世界を成り立たせる何か」を客観的に洞察しなければならない。そしてそれを誰もが共有可能なものにしないければならない。

 

そしてその道具は完成した。もう進むだけだ。前進するだけだ。拡散するだけだ。

 

人類よ。絶望はない。希望を持って。

 

 

rtomizawa.hateblo.jp