20代からの"而立(じりつ)"のすゝめ

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

周りによって決められる「正しい人間」と「おかしい人間」ー個性を殺され、"答えのない教育"による被害者たちー

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※所要時間:5分〜9分(約3300字)

 

現代の日本という国は、とても生きづらい。いや、他の国や、一昔前もそうだったのかもしれない。でも僕はその時を知らない。それでもやっぱり生きづらい。

 

この国が言う「個性」とは何なのだろうかー環境によって決められる「正しい人間」と「おかしな人間」ー

 

この国が言う「個性」とはなんなのだろうか。

 

学校では突飛な行動、皆と違う表現、自分の感情を出すことは、暗黙の了解で何よりの「タブー」とされている。皆と同じ行動をすることが「正しい人間」としての証だ。それができない人は「おかしな人間」として扱われる。

 

このことは何を意味するのか?

 

本来の形であれば、「人間」があって「学校・規律・ルール」があるはずなのに、それが逆転し、「学校・規律・ルール」ありきの「人間」になってしまっている。

 

人間とは生まれながらに無限の可能性だ。人によって個性も違う。感じることも違うし、得意・不得意や、表現の仕方だって違う。しかしそのことを理解せず、日本社会は「枠」にはめたがる。「皆と同じ形」にしたがる。

 

それが悪いとは思わない。やり方が問題だ。本人に対して「理解のない」ままで、「あなたはおかしい」とでも言わんばかりに、「強制的に」その形が当てはめてくる。本人の意志、主体性、尊厳性なんて全くの無視だ。ただ型に当てはめるだけ。「子供は未熟」という中心論理を道具にして。

 

この結果、子供の心は殺されていくー自分を押し殺し、周りに合わせ、我慢し続ける人生のスタートー

 

これによってどうなってしまうのか。子供の心が殺されていくのだ。

 

子供は本当に柔らかい。どんな形にでもなれる水のような存在だ。だからこそそんな時期に、周りがどのように子供に接するのかがとても重要だ。

 

そんな重要な時期に、いまの日本社会は「子供の心を殺す」ことをしている。「あなたは間違えている。だからこうしなさい。」「あなたはおかしい。だからこうしなさい」「あなたはおかしい・・・」その繰り返しだ。逆に心を殺し言うことを聞く子供には「よくできたね。えらい」との言葉が返ってくる。

 

このことによって子供は「あ、自分の思いや感情を出すことはダメなことなんだ。逆に自分の意志とかではなく、周りの言うことを聞くこと、周りと同じことをすることがいいことなんだ。」という中心論理を持つようになる。

 

もちろんこれが全員ではない。子供によっては、家庭環境などの複合的なバランスによって、上記に当てはまらない人もいるが、多くの日本人は上記にならざるを得ない。

 

そして、上記のような子供は「我慢し続ける人生」を歩まざるおえない。子供の頃の経験というのは大きい。説によっては「0歳〜12歳」までで、「90%の人格」が形成されるとも言われている。大人になって変わろうとしても、変えることがほぼ不可能なのだ。

 

そして我慢し続け、自分の感情もわからず、会社で給料をもらい、家庭を築き、その人は自分がされたことと同じ教育を子供にすることになる。これは、その人が人生の途中で何か特殊な経験でも積まない限り、ほぼエンドレスに続く。

 

そして生きることに疲れた人間は自ら命を絶つ。心がおかしくなった人は、うつ病と診断される。人生がつまらなくなった人は、家に引きこもる。

 

これが「生きる」ということなのだろうかー社会の諦めによって、放置された子供たちー

 

これがいまの日本の現状だ。人間とは、こんなもんなのであろうか。日本は、世界は、人類は、そんな存在を誕生させたいのであろうか。

 

僕はそこに「No!!」と言いたい。

このことは日本にとって、世界にとって、人類にとって、大いなる損害であり、未熟である。

 

いまの社会が求めている人材は「主体性・創意性」ある人材だ。なぜならば一昔前のような産業革命の恩恵を受けた「大量生産・大量消費」の時代は終わり、今までにない「新たな時代」を切り開いていかなければならないのが今の時代だ。

 

だからこそこれからの時代はもう「会社の言うことを聞くだけ」「上司のいうことを聞くだけ」「社会の言うことを聞くだけ」の人材はどんどん淘汰されていく。そしてそんな人材しかいない企業、都市、国家は衰退していく。

 

会社の言うことを聞いていればお金がもらえる時代はもう思ったのだ。

 

だからこそ就職でも「ポテンシャル採用」が始まるなど、企業は「即戦力」が欲しい。しかしそんな人材がない。なぜ?

 

単純だ。「育ててないから」である。

 

そんな育てる仕組みも構築しないくせに、「最近の若者は・・・」「ゆとり世代は・・・」と文句を垂れるだけである。欲しいのであれば、作らなければならない。

 

しかし彼らは、今の社会はその「人材の作り方・育て方」がわからない。だから彼らが力を入れるのは「採用」だ。一流企業であればあるほど「採用」を重要視する。それくらい「教育」というのは難しい。だからそこは諦めて、国家に、誰かに委ねているのが今の社会の現状だ。

 

ではその「諦め」による一番の被害者は誰であろう?そう。「子供たち」である。

 

子供たちは判断力がない。何かを知っていそうな大人に攻められれば、無意識は「自分が悪い」と思ってしまうのは当然だ。学生時代もそうであるが、就職活動の時期、就職してからも、責められれば「自分のせい」であると無意識に思ってしまう。なぜなら彼らに「判断力」は与えられていない。与えられた能力は「自分を殺して合わせる力」である。

 

感情を殺し、思考を殺し、自分を殺し、心を殺す。これが本来の人間の生き方なんだろうか?

 

僕の個人的意見を言えば、腹が立ってしょうがない。ーたくさんのトラウマによって、人間を傷つける社会ー

 

僕個人の意見を言えば、僕はこの社会の現状に腹が立っている。人間の可能性を殺し、個性を花開かせることができない現代社会に。現代日本に。

 

人は皆トラウマだらけだ。それを本人が自覚しているかどうか、周りが自覚できるかどうかは置いておいて。素晴らしい両親や環境に恵まれない限りは。目に見えない多くの傷を抱えている。

 

僕はこの現状を見て見ぬ振りなど出来ない。

 

今の僕が住むマンションのどこかの部屋では、一人苦しんでいるがいる可能性だってある。今この瞬間に半径1km以内に自殺を考えてる人がいる可能性だってある。地球の裏側では食べ物すらまともに食べられない人がいる可能性だってある。

 

こんな傷だらけの社会を放っておくことは出来ない。

 

だから僕は教育を変革し、社会を変革したいー「答え」を持った、認識技術の可能性ー

 

だから僕は認識技術を使って、教育を変革して、社会を変革して、こんな社会を終わりにさせたい。人間の無限の可能性を花開かせる教育を、社会を構築したい。今まで人類は「答え」がなかったのだ。

 

「人間とは何なのか」

 

この問いに答えることができなければ、教育は完成しない。人間が「どこから来て、どこに行くのか」という問いに答えることができなければ、教育は完成しない。人間が「そんな素材で、どんな仕組みで、どんな目的で存在しているのか」という問いに答えることができなければ、教育は完成しない。

 

そのことがしたい。

 

トラウマを乗り越えるためには、トラウマを溶かさなければならない。そして、トラウマを溶かすためには、トラウマが生まれる仕組みを理解しなければならない。そしてそのことを理解するためには、思考・感情の「仕組み・素材・目的」を理解しなければならない。

 

そのことはNR JAPAN主催のセミナーや、僕が個人的に行っているセッションでお伝えしている。またそこまでの時間やエネルギーが投入できない方へは、以下の記事でもさわり程度なら理解できるかと思う。

 

僕はこのことを全人類に知ってほしいと切に願う。

 

最後にー共にこの時代を生き抜いていこうー

 

そして最後にお伝えしたいことは「自分を責めないでほしい」ということだ。なぜならあなたはたくさんのトラウマを持っている。そして大概の人はそれをわからず、あなたを理解しないままに、あなたに言葉を投げている。

 

それはあなたの心に刺さるだろう。それでも気にしないでほしい。相手はあなたを分かっていないから。

 

だからこそ恐れず、堂々と、これからの時代を共に生きていこう。

 

 

rtomizawa.hateblo.jp

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