20代からの"而立(じりつ)"のすゝめ

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

小さい頃から思っていたこの社会の非情さ。

小さい頃から思ってた。
社会はなんて非情なんだろう、と。

 

政治家は嘘をつき、マスメディアは個人をバッシングし続ける。
ニュース番組はまるで、お笑い番組のようで、世界は今も平和であるかのように映し出される。
学校では毎日同じことの繰り返し。

 

自分とは関係のないところで色々なことが勝手に決められ、それに逆らうことは許されない。

 

僕たち個人には「それを変化させる力はない」と言わんばかりに、大人たちはルールに従うことだけを要求してくる。それに逆らった人間には容赦のない制裁が待っていた。

 

いつの間にか環境の要求に合わせることが上手になり、自分の心を押し殺すことは当然となった。

 

力のない僕たちは、それこそが「人生である」と悟るしかなかった。逆らえば逆らうほど、逆風は強くなり、心が傷ついた。

 

大人たちは言う。
「自分のやりたいことを見つけなさい」
「やる気を出しなさい」
「自分で考えなさい」

 

しかし僕が生きてきた社会では、それらは全てタブーであった。これらの全ての前提には「大人たちが決めたルールの範囲の中で」が入っているのだ。それをはみ出すことは許されない。

 

いまになって思う。本当に腐ってる、と。

 

自分たちが作ったルールが絶対に正しいとでも思っているのだろうか。絶対に正義だとでも思っているのだろうか。自分たちが神にでもなったつもりなのだろうか。

 

それによって成功した過去があるかもしれない。
しかし過去と今は違う。僕たちとあなたたちは違う。

 

僕たちの中でも全員異なるし、あなたたちの中でも全員異なる。それを一つの枠にはめ込もうだなんて、何を考えているのだろうか。

 

僕たちはもう、声を上げなければならない。
僕たちはもう、新しい秩序を構築しなければならない。

 

既得権益を守りたい人たちは変化を恐れている。
だから現在何もない僕たちが、ゼロから全く新しい秩序を作らなければならないのだ。
ゼロから本当に必要なシステムを構築しなければならないのだ。

 

今の社会をおかしいと思う人
今の社会の変革の必要性を感じる人
新しい秩序が必要と感じる人

 

共に作ろう。
そんな人間たちの団結が必要な時。

 

西洋のルネサンスを補うネクスルネサンスを。
人間の尊厳性が花開く世界を。
この日本から。若者から。人類の黄金時代を。