20代からの"而立(じりつ)"のすゝめ

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

日本人のジャマイカ滞在記ー僕の人生を大きく変えた3ヶ月ー

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 ※所要時間:16分〜25分(約10000字)

 

みなさんジャマイカって国はご存知ですか?一般的にどれくらい知名度があるかは知らないんですが、何を隠そう私は3ヶ月ほどジャマイカという国に滞在していたことがあります。

 

そんなことを伝えると「どうだった?」とよく聞かれるのですが、僕自身何をどのように伝えれば良いのか分からなかったので、今回は、自分の備忘録がてら、つらつらと書いていこうかと思います。

 

これまで自分の中では思ってはいたけど、言語化したのは初めての領域になるので、広い心で受け止めてもらえたらと思います。

 

まずそもそも、ジャマイカってどんな国なの?っていう方は下記をご参照ください。

kotobank.jp

  

まず初めにー滞在した地域からー

 

私は大学を休学して意気揚々と地球の裏側のジャマイカという国に乗り込んだわけですが、よく皆さんに「どうだったの?」「何が楽しかった?」などと聞いていただけるのですが、正直90%以上は苦痛の日々だったと思います。そこらへんも含めて書いていきますね。

 

これは完全に僕の備忘録なので飛ばしてもらっていいです。うる覚えですが、僕が滞在した地域です。

 

キングストン空港着(2012.6.1)→マンデビル(1泊)→ネグリル(2泊)→マンデビル(2週間)→モンテゴベイ(2泊)→マンデビル付近のラスタ村(2泊)→マンデビル(1週間)→アコンポン(2週間)→サンタクルーズ(4回)→モンテゴベイ(2泊)→アコンポン(2週間)→キングストン(1泊)→ブルーマウンテン(10泊)→アコンポン(1週間)→キングストン空港(2012.8.31)

 

こんな全体像で、ご紹介していこうと思います。かなり長くなりますが、どうぞお付き合いください。

 

ジャマイカに滞在しようと思った理由

 

まず初めに「なぜ私がジャマイカに3ヶ月滞在しようと思ったのか」というと、当時の私の問題意識として「社会や世界に対する理解を深めたい」というものがありました。その理解を深めるに選んだのがたジャマイカへの滞在でした。

 

「なぜジャマイカなのか」ということはよく聞かれるんですが、そこまで深い意味はなく別にアフリカとかでもよかったんですが、とにかく「日本と異なる文化の国」に行きたかったんです。そう考えるとジャマイカは、地理的にも日本の反対側ですし、経済的には後進国ですし、宗教的にはキリスト教国家であり、人種も黒人国家ですし、気候としても熱帯気候である・・・など日本とかなり異なる文化を持っていたので選んだということが大きいと思います。

 

あとはレゲエに触れる機会もあったので、「Bob Marleyを産んだ土地」という観点でも興味はありました。そんな背景もあってジャマイカへ3ヶ月滞在することになりました。

 

ジャマイカに訪れるまでの準備期間ー猛勉強の日々。ー

 

そして訪れる上で僕は結構準備していきました。ジャマイカを訪れるまでにタイやラオスを訪れたことはあったんですが、現地の歴史や文化を全く知らずに訪れたため、俗にいう「ただの観光」になってしまったんですね。

 

だた今回の滞在に関しては、「社会・世界に対する理解を深めるため」でしたからその二の舞は踏みたくなかったので、ジャマイカを訪れることが決まってからはできる限りジャマイカを理解するのに努めました。

 

 ジャマイカの歴史・文化・現状、ジャマイカ独特の思想であるラスタファリズムに対する理解、世界から見たときのジャマイカの位置づけ・・・などで、僕が参考にした資料は以下のようなものです(極一部ですが)

 ラスタファリアンズ―レゲエを生んだ思想

ベース・カルチャー レゲエ~ジャマイカン・ミュージック

東京ラスタマン 

ボブ・マーリーとともに | リタ・マーリー, 山川 真理 |本 | 通販 | Amazon

ジャマイカ楽園の真実 LIFE&DEBT [DVD]

 

このほかにも5冊以上見てましたね!今見たら初めの二つは在庫かなり少ないですね(笑)。確かにかなり分厚くて、かなりマニアックだったんで、あまり一般的な著書ではないのかもしれないですね。まあこんな感じでかなり準備万端でジャマイカ行きの準備をするわけです。

 

当時の僕の意気込みといえば「どうせジャマイカに行くなら、ジャマイカ人になろう」というような気持ちでした。これはもちろん国籍的にっていう意味ではなく、中途半端に日本人としてジャマイカに行くのではなく、ジャマイカの文化・歴史などをジャマイカ人そのものになって理解しよう!というようなイメージでした。

 

そんな形で月日が流れ、ジャマイカ行きの当日になります。

 

キングストン空港に到着!滞在予定のマンデビル

 

意気揚々と僕はジャマイカを訪れるのですが、ここで大きな壁とぶち当たり僕は滞在3日もかからずに日本への帰国を考え始めます(笑)。その原因は「言語」の問題です。この問題は僕の3ヶ月の滞在期間中常に襲ってきます。

 

ほぼほぼ英語など使ったことのない僕がいきなり英語圏の国に来てしまったため初めの一ヶ月は99%会話不可能な状態でした。笑(それ以降少し慣れますが、85%は会話不可能でした。笑)

 

簡単な挨拶ですら相手が何を言ってるかわからない。だから自分もどう答えればいいのかわからない。伝えたいことがあっても全然伝わらない。いやー今思い出してもかなり苦痛でした!

 

自分の意志を伝えられないので、子供にも馬鹿にされ、同世代にも敬遠され(一緒にいても楽しくないから)、気を使って交流しようとしてくれる人も何人かいましたが、その人たちとも意思疎通が全くできないので結局彼らとも交流は取れず。

 

一応僕は日本でホームステイ先とジャマイカ滞在中のボランティア先などを斡旋していただいていたのですが、ホームステイ先ともボランティア先とも馴染むことがあまりに難しく「自分は何のためにジャマイカに来たのだろうか・・・」と苦悩する日々が続きました。

 

まあとはいえ、会話ができなかったとしても観察は出来ますので、その観察で感じたことは以下でしたね!簡単に記しておきます。

  • 街が汚いなぁ(建物、道、車、スーパーマーケット・・・)
  • みんな適当だなぁ(道行く人、店員、タクシー運転手・・・)
  • でも、しっかりしている人はしっかりしてるなぁ(銀行員・・・くらいか)
  • 同世代の西洋人(白人)って思ったより幼稚だなぁ
  • 西洋人(白人)の遊びって案外つまらんなぁ

ジャマイカが汚いとか、適当とかはイメージあったんですが(東南アジアも行ったことがあったので)、僕が驚いたのは西洋人の実態?でしたね。彼らも実は僕と同じように長期休みを取ってジャマイカを訪れていた学生や社会人などだったんですが、僕の目的とは相反し、彼らは観光気分で訪れている人が大半でした。だからまあ話が合わない合わない(というは話せないけど)。

 

僕は固定概念として「西洋人は賢くて、大人っぽくて、素敵なんだろうなぁ」というイメージを持っていましたが、同世代の彼らと実際に触れると、いやー全く予想外でした!

 

普通に子供でした!むしろ日本人の方がしっかり考えているんじゃないか?くらいの。もちろん彼らがごく一部であることはわかっていましたが、なんか「あぁ、同じ人間なんだな」っていうことがよく理解できました!

  

そんなイメージ破壊もありましたねぇ。

 

世界有数のビーチネグリルでのラスタとの出会い

 

そんな中彼らとネグリルというジャマイカの中でも世界的にも有名な観光スポット(ビーチ)を訪れることになります。まあここでも彼らとはほとんど交流せず、どちらかというと僕が訪れたいところへ行っていた感じです。

 

そんな中で僕に、このネグリルで大チャンスが訪れます。それが「ラスタファリアン」との出会いです。僕は「早速ラスタに会えた!」という興奮とともに、彼に近ずいていきます。この感覚は、日本に訪れた海外の人が「侍がいた!」とか「お坊さんがいた!」とかそんな感覚かもですね。(ラスタファリズムについてはまたどこかで記事を書きます)

 

まあそんなチャンスがあり、僕はラスタファリズムにおいて知りたかったことを聞いてみます。それは彼らにとっての「I」という概念です。

 

これはラスタファリズムの特徴の一つでもあるんですが、彼らは自分のことだけではなく、相手のことも「I」と呼び、「私たち」を表現する時は「I&I」というんです。不思議じゃないですか?ちなみに神と自分のことも「I&I」というんです。

 

日本でこのことを知った僕は「どういうこっちゃ」と思って、初めにあったラスタに聞くんです。「本当にあなたちは僕のこともIというの?」と。そうすると彼は当然のように「そうだよ」といいます。そして僕が「なぜ?」と聞くと、「なぜって?当たり前だろ!君も僕も同じじゃないか!」と。

 

ほうほう・・・分かるようで分からない・・・でも英語でなんて聴いたらいいかわからない・・・だから僕は次に「僕と君が同じなら、この椅子も同じなのかい?」と聞くと、それに対しては笑って「それは違うに決まってるだろ」と。ほう・・・これは違うのか・・・と、僕の英語力の拙さで会話自体はこんな感じで終わるんですが、この概念も当時の僕に衝撃を与えましたね〜。「なんかよくわからないけど、どういう理解だとそうなるんだ?」って。

 

そしてそんな会話をしているうちに、実は彼らがブルーマウンテンでゲストハウスを運営していることを知ります。そして彼らから「泊まりにおいでよ!泊まる時はここに連絡ちょうだい!」と連絡先を渡されます。

 

ここで一つ断っておきたいのが、ジャマイカという国は結構な犯罪大国です。こういう形で観光客を騙して、金をぼったくる、ということは日常茶飯事です。まあなので当時の僕は「いきなりチャンスを手にした!」という心の反面「もしかしたら騙されているのかも」という心も持っていました。

 

そして僕はその連絡先を握りしめ、彼と別れます。

 

モンテゴベイにてジャマイカ初の日本人との出会い

 

そして僕は「もっとジャマイカを知りたい」という想いの元、日本の知人から紹介していただいたジャマイカでゲストハウスを運営している日本人女性のもとへ訪れます。この出会いが僕がジャマイカを理解するにあたって本当に大きかったですね!今でも本当に心から感謝しています。

 

そして僕はそこで多くのことを教えてもらいます。僕が今まで知りたかったジャマイカ人の生の声(言葉が通じないから聞きたくてもずっと聞けなかった。笑)や、ジャマイカの歴史のこと、またラスタファリズムのこと、ジャマイカの現状などなど、本当に多くのことを教えてもらえました。

 

 これも一部にはなりますが、今でも印象的なことは以下ですね(ちょっと表現は違うかもですが・・・)

  • 彼らは自分たちが白人や日本人と同じ人間とは見てないと思うわ。ジャマイカ人は彼らと同じ生活ができるようになるなんて夢にも思っていないから。
  • 彼らは白人から詐欺をしてお金を取ることになんの抵抗もないのよ。彼らは白人の搾取によって自分たちが貧しくなっているのを知っているから、元々は自分たちの金だ、って思ってるの
  • 彼らは本当に強いのよ

 など。この出会いから僕のジャマイカへの理解は進んでいきます。絶望の中での希望の光でした。笑

 

ついにラスタファリアンのコミュニティへ

 

また先ほどの日本人女性から、僕の滞在先のマンデビルの近くにラスタファリアンの日本人の方が暮らしているコミュニティがあるというお話を聞き、そのコミュニティーに訪れることにしました。ラスタファリズムを理解する上で、この出会いもめちゃんこ大きかったですねぇ。

 

そのコミュニティに暮らしていた日本人は、2つのファミリーがありました。その人たちは完全に「ラスタファリズム」を中心と暮らしをしており、その暮らしぶりや考え方は当時の僕に相当なショックを与えました。まあ現代日本人からしたら「相当な変人」とも言えるでしょうね。笑

 

ラスタファリズムはある見方をすれば、自然主義とも言えると思いますが、彼らは化学物質や文明的なものを嫌い、できる限り自分たちが育てた作物を、自分たちで調理しようとします。

 

噂では知っていたんですが、その中でも10年以上ラスタとしてジャマイカで暮らしている方から実際にまじまじと言われるとさすがにびっくりでしたね!彼から言われた言葉は以下です。(これも一部ですが)

  • お前は肉食ってるのか?そんなんじゃ健康になれんぞ。勉強しろ!勉強を。まずはマクロビオティックってやつがあるから、それからでいいぞ。
  • いいか?髪の毛は宇宙との交信の役目を担ってるからそれを切ったら感性が鈍るんだ
  • 俺たちはケミカル(化学物質)を嫌う。だから全部自分たちで育てて、自分たちで調理するんだ。
  • お前は人間が猿から進化したと信じてるのか?それとも神が創ったと信じてるのか?どっちだ。どっちでもない?そりゃ一番最低だ

 

当時は「聖書」のことも全然知らなかったので、頭ではわかっていましたが「本当に神が人間を作ったと考える人がいるんだ・・・」 ということも衝撃でしたねぇ。とにかく斬新でした!

 

ジャマイカでも深い歴史と伝統のある地へ

 

まあそんな彼らとの出会いもあって、僕は一層ジャマイカというもの(というかラスタ)を知りたくなります。そして僕はマンデビルを離れアコンポンという所に滞在することにします。

 

アコンポンというのはジャマイカの山奥なんですが、ここはジャマイカにとってとても歴史のある土地になります。これも説明すると長くなりますが、簡単に言えば「ジャマイカが奴隷だった時にそれに対して反乱を起こした一族が暮らしていた土地」というイメージです。このマルーンのリーダーでもあった人物はジャマイカのナショナルヒーリーとして、現在においても多くの尊敬を集めています。

 

ですのでジャマイカの人々に取ってもこの「アコンポン」というのは特別な土地で、人たちは心の奥では未だにアコンポンの人々は一目置かれているそうです。その証拠に僕が別の土地でアコンポンに滞在しているというと、ものすごくびっくりされ、一気に心を開いてくれます。それくらい歴史と伝統を持つ土地がアコンポンです。

 

アコンポンで感じた圧倒的に現代社会に足りない要素

 

そんな歴史的背景もあって僕はアコンポンに滞在することにしました。そしてこのアコンポンでの暮らしも僕に大きな影響を与えることになります。その大きな影響とは「現代日本に圧倒的に足りない要素」に対する理解です。

 

アコンポンの人々がどんな暮らしをしているかというと、約600名ほどの人々が山の上で、一つのファミリーのような感じで暮らしているんです。それはやはり「自分たちは同じマルーンの血を引いてるものたちだ」という意識が大きいことがありました。その証拠に村に「Kindah tree」という「我々は一つの家族」という意味の大きな木が植えられているんです。

 

あともう一つの要素として、マルーンの子孫の方たちは昔、黒人奴隷を従えていた白人農園主と徹底抗戦するために自給自足の生活をしていたんですね。そのこともあって暮らしに自給自足の名残が残っている感じだったんです。なので、ライフスタイルの中にお互いが支え合うような形が他の地域に比べても残ってる印象がありました。

 

そんなこともありこのアコンポンの人々の暮らしは「村全体が一つの家族」というコミュニティ意識がとても強かったんです。

 

そこにあったのは物質的的豊かさではなく、関係的豊かさであった

 

もちろん類にもれずアコンポンも平均的なジャマイカと同じようとても貧しいので、村の中だけでは生計が立たず、街や海外などに出稼ぎに行っている子供達の仕送りを頼りにしているのはあります。それでも圧倒的に、みんな元気で楽しそうに毎日を送るってたんです。びっくりするくらい。

 

とにかく村全体が一つの家族になって、子供達を育て、生活する。だから子供達にとって見れば「みんなが親代わり」みたいな所があって、すごい元気に自由に育ってるんですよねぇ。これは本当に凄かった。

 

そんな中で生活していくにつれて、僕は「あぁもしかしたら日本に足りないのはここかぁ」と思いました。

 

日本ってどう見ても経済的にはジャマイカより裕福です。もうGDPなんて比べ物にならないくらいに。でもね、僕の目から見たらジャマイカ人の方が全然毎日楽しそうなんです。みんな仲良しで。

 

それで僕は「日本は物質的豊かさは手に入れたけど、このアコンポンのような関係的豊かさを失ってしまったのか」と思ったんです。逆に言えばこの「関係的豊かさ」を手に入れれば、現在多くの日本人が抱えている「精神的貧困は解決するかもしれない」と思うようになりました。

 

新しい社会の方向性はジャマイカから始まるの・・・か

 

このようなこともあり、僕は現代日本のような「物質的豊かさ」を求めた結果、多くの人たちが悩み苦しむような、物質的豊かさだけを求める社会は本来行くべき道ではないのではないか、と思い始めます。だから僕は結果的にこの「関係的豊かさ」を中心とした社会秩序を作るべきなんじゃないか、って思った訳です。

 

そして、こういうまだ日本のように成熟していない後進国が中心となって、日本を筆頭とした先進国の失敗を手本にして、新たな社会の方向性を構築していくべきなんじゃないか、と思うようになりました。当時の僕としては具体的方向性は見えてなかったですが、この「関係的豊かさ」は社会秩序を構築する上で、絶対に欠かしてはならないポイントだ、って確信したんですね。だから日本がおかしくなっているのは間違いない。でもその方法はわからない。

 

じゃあ、当のジャマイカ人たちはそれらをどう思ってるかというと、彼らが求めているのは圧倒的に「物質的豊かさ」なんですね。口を開けば「日本に連れて行ってくれ」「日本で車を売るんだ」「日本でお金を稼ぐんだ」・・・そればっかり。彼らからしたら現状がお金がなくて苦しい状態ですし、グローバル企業による宣伝行為によってお金があれば今より幸せになれる、って思うのは当然だと思うんですよね。

 

そんな彼らに「物質的豊かさ」よりも「関係的豊かさ」に価値がある、と言っても、「そんなのお前らがお金を持ってるからだろ!」となるのは当然だと思うんです。そうだとしても、彼らが資本主義のマネーゲームに参加したらこれは崩れるんだろうなぁとか 、グローバル企業がより強烈にジャマイカに入ってきたらこのアコンポンも崩れていくんだろうなぁ、と思うのです。

 

でもこんななんの力もない若造にそれをどうこう出来るわけもなく、まあこの現代社会の巨大さを痛感しながら、猛烈にもやもやするんです。このアコンポンでの滞在ではそんなことを感じたわけです。

 

ついにラスタファリズムの真髄に迫る

 

 そして僕はさらにジャマイカというものを理解するために「ラスタファリズム」に触れようとします。そしてそのために僕はジャマイカ訪問当初にネグリルで出会ったラスタの元へ訪れることを決意します。僕は本を読むだけではわからない「彼ら」を知りたかったのです。もしかしたら騙されるかも、という恐怖はありましたが、結果的にとてもいい人でした!笑

 

ここでの生活は僕のラスタファリズムに対する理解を一層強めます。その中でも大きかったことは、ラスタの「食」に対する理解です。

 

ラスタファリズムにとって「食文化」というものはとても大きな役割を占めます。彼らが食事をとても大事にしていることは知っていたので、僕はその「食文化」にとても興味を持っていました。ですのでこの滞在によって「食」を知ることが出来たのはとても大きかったです。

 

彼がゲストハウスで出してくれた食は、完全なる「ラスタの食事(アイタルフード)」でした。その食事は先に触れたように、化学物質は含まず、ブルーマウンテンの肥沃な土地で育った食物を、ラスタ流の調理法で調理してくれました。

 

ここでの生活は今思っても贅沢で以下のようなものでした

  • 毎朝彼らが経営している無農薬のブルーマウンテンコーヒーを豆から挽いて飲みます。
  • そしてお腹が空いた時はこれまたジャマイカ産の天然バナナです。
  • 水もブルーマウンテンからの天然水です。
  • ゲストハウスの場所は彼ら曰く「標高約2000mで、ジャマイカで一番ブルーマウンテンの山頂に近いゲストハウス」で、ゲストハウスからはキングストン(ジャマイカの首都)が一望できる絶景でしした。まるでもののけ姫に出てくるような景色でした。 

もう環境は最高でした!

 

ラスタのライフスタイルによる劇的な自分の変化

 

そしてそんな環境で1日、2日、3日・・・と過ごすとある異変が起きてくるのです。それが圧倒的な「体調の変化」です。以前日本人ラスタから「健康になりたいなら、肉を食うのをやめろ」と言われた、お伝えしましたが、それを体感してしまったんです。これは衝撃的でした!

 

体がみるみるうちに軽くなり、頭はどんどんさえ、便通も恐ろしいくらいよくなっていくんです!「なんじゃこりゃ!」って初めは何が起こったのかわからなかったんですが、よーく考えると「あ、食事が変わったからか」ってわかったんです。これが僕がこの後、菜食主義を始めるきっかけになりました。「あ、食事が変わればこんなにも変わるのか!」ということを体感してしまったんです。

 

そしてこのラスタとの出会いで僕が触れたかった「ラスタファリズム」の「実態」をついに得ることができたのです。いやー、感動でしたね!とはいえ、何度も触れている通り「経験」は出来ましたが、会話で「理解」することは難しかったですけどね!笑

 

様々な思いを抱え、帰路へ

 

まあこんな経験をして僕は再度アコンポンに帰ってくるんですね。そろそろジャマイカでの滞在も終盤に差し掛かります。実はこの期間にとても考えさせられる事件が起きるのです。

 

それが、僕が帰路につく最後の1週間で僕の知ってる範囲で、1人の日本人、2人のジャマイカ人が次々と殺されていきました。その大半の理由がお金だそうです。そのこともあって僕はさらに「資本主義社会」というものに疑問を持つようになります。本当にこれが人類が目指すべき正しい方向なのだろうか、と。

 

とはいえ、社会の方向性を変化させていくには、ジャマイカという国はあまりに力が無さすぎるということも理解してきました。資本主義という基準から見たら、この国は赤子のようなものなのです。いくら彼らがあがいても、このシステムはビクともすることはないのです。

 

日本に対する強烈な憤怒

 

だからこそこのシステム全体の方向性を変化させるには日本を筆頭とした「先進国」である、という結論に至ります。資本主義の酸いも甘いも知っており、経済的にも、文明的にも力のある日本のような国でなければ、社会全体の大きな舵取りはできない、と思いました。

 

だからこそ逆に僕は日本という国にとても腹が立ちました。こんなにも経済力もあり、システムも出来上がっており、世界的にも一定の力を持っている日本という国が、なぜ立ち上がらないのか、と。なぜ自分たちの利益ばかりを考え、自分たちの日常のためだけに過ごすのか、と。この時僕は自分が日本人であることに恥じ、こんなにも苦しい状況の中でも力強く生きるジャマイカの人々に尊敬の念を抱いていました。

 

とはいえ当時の私には、何をどのようにすればいいのかは全くわかりませんでした。そんなもやもやした状態で、社会に対する問題意識、日本に対する問題意識を持って、私は日本へ帰国することになります。

 

それはちょうど、22歳の夏の終わりの頃でした。