20代からの"而立(じりつ)"のすゝめ

様々な人に出会い、様々な本を読み、実践してきたことを元に、色々な角度で表現いていこうと思います。

人間は無限の可能性ってどう言うこと?

皆さんは「人間は無限の可能性」という言葉にどのようなイメージを持っていまか?

 

良い意味?綺麗事?そんはずない?まあ色々なイメージがあると思いますが、僕はこの言葉を「事実」として受け止めています。

 

基本的にこの言葉を発する人のほとんどは、「無限大」のイメージがとても曖昧ですし、「可能性」のイメージもよく分かってません。数学・物理学ですら「無限大」は取り扱う事が出来ないですし、「可能性」は量子力学の世界なので、取り扱いが難しいです。ですので、この言葉を使ってる大半の人はこの言葉の意味がよく分かってません。

 

ここでは「人間の可能性は無限大」という詳細イメージは割愛しますが、違う言葉でイメージすれば「人間は何にでもなれる」程度に思っておいてもらっ大丈夫です。ただ「何にでも」というのはかなり広義の意味になります。

 

人間的に表現すれば「"天使"にも"悪魔"にもなれる」という事ですし、逆に言えば「"天使"も"悪魔"も内在している」という事です。ですので人間は、考えられないほど残酷にもなれますし、信じられないほどの美しさも秘めています。

 

そしてその「無限大の可能性」の中から、たった一つの選択肢を選択し、その他全て(無限大-1)を放棄する。これが「生きる」という事です。ですので、人生は「選択」の連続であり、「放棄」の連続です。故に、その「選択と放棄」こそが人生において、もっとも重要という事になります。

 

しかし、人間の悲劇はここにあります。実際には「無限大個」ある選択肢ですが、自分で自分の選択肢を狭めてしまい、本当に行きたい方向性へ向かう事がとても困難になってしまうのです。これを「観点の問題」と呼びます。

 

何をどのようにすれば自分の行きたい方向性に行く事が出来るのか、そもそも自分はどこに向かえば良いのか、それが分からないのが人間です。

 

こんなはずじゃなかったのに・・・
なんでこんな人生になってしまったんだろう・・・
どうやったら幸せになれるんだろう・・・

 

これは全て「観点の問題」によって「何をどのように選択すれば良いのか」が分からなくなってしまった結果、生じる症状です。

 

本来の正常な意思決定(選択と放棄)の脈絡は、「無限大個ある選択肢の認識」をし、その中から「自分の進みたい方向性」を決定し、そしてそこに向かうために「選択と放棄」をする事です。そしてそれを毎瞬間行い続けます。

 

しかし観点の問題によって、あらゆる初期設定に支配されている状態では、自らが独立した意思決定ができません。観点の問題に関しては「あらゆる初期設定に支配されている状態」と思ってもらっても良いと思います。

 

心理学的には生まれてきた環境、脳科学的には脳の初期設定、存在論的には存在の初期設定によって、そもそも「無限大個の選択から選ぶ事ができなくなってしまっている状態」になってしまう事です。

 

そしてそれらによって、「自分」と「世界」に対して自らで「決め付け」て、自分の「選択の癖」が身についてしまいます。それは年齢を重ねれば重ねるほど、強固になってくるので、変化する事がどんどん難しくなっていきます。

 

また人間は「今までやった事がない事」「周りと違う事」を選択する事が難しい構造があります。これは重力方程式や慣性の法則が、人間の意思決定構造にも適用されてると思ってもらえればと思います。

 

自信があるのか、自信がないのか
自己肯定をするのか、自己否定をするのか
自立をするのか、依存をするのか

 

これら全ては「過去の意思決定の習慣」「環境の意思決定の習慣」に影響された、「今ここの意志決定」によって決まります。よって、「全く新しい意思決定」「独立した意思決定」をする事は、とてつもなく困難であり、これが「人間は変われない」と言われているゆえんでもあります。

 

逆に言えば、観点の問題で表現した、あらゆる初期設定を突破し、そもそも「選択肢が無限大個あること」を理解し、そこから「自分の行きたい方向性」を決定し、そこに向かうための「選択と放棄」をすることを習慣づければ変化は可能、ということになります。

 

先に述べたように人間は何にでもなれます。しかし現状としては、「何をどのようにすれば、何にでもなれるのか」が理解できていないから、自分の行きたい方向性と全く違う方向性に進んでしまうのです。

 

故にまずは、自分の選択の癖を理解する事をお勧めします。自分が普段どんなものを選択し、どんなものを放棄しているのか、またそれは自分の進みたい方向性に沿っているのか。それはどんな過去の習慣によってそうなってしまっているのか。そして、そもそも自分が進みたい方向性とは、こっちでいいのか、など。

 

とは言え、一人でこの作業をする事はとても困難な事(自分の顔を鏡なしで見るようなもの)なので、誰かと一緒に行うことをお勧めします。信頼している人でもいいですし、このような仕組みを知っている人だとなおいいでしょう。

 

また、もっと根本から自分を変化させたい人は先に述べたあらゆる「初期設定」に対する理解と、「人間が無限の可能性」であることの理解と、「意思決定構造」に対する理解が必要です。

 

これはとても困難な事ですが、僕が現段階で知る限り、このことを体系化して理解できるのは、Noh Jesu氏が開発した認識技術しか知りません。現在はだいたい3日間で全体像は理解出来るはずなので、知りたい人は認識技術のプログラムを受講することをお勧めします。

 

これらを通しても分かるように、人間とはとても不思議な存在です。まるでスライムのように、三角にも、四角にも、丸にも、もっと奇抜な形にも、もっと単純な形にもなることが出来るのです。

 

しかしなかなか独立した意思決定を行うことができませんし、そもそもほとんどの人は自分が独立した意思決定をしていると錯覚してしまっています。これもまた悲劇ですよね。とはいえ時代はいま、大きな転換期を迎えています。

 

現代社会が迎えている巨大な危機・絶望は、人間が大きな変化を遂げることが出来る美しい機会であると思います。原子力爆弾の開発と人工知能の開発はそういった意味でも、人間に大きな変化をもたらしてくれたと思っています。

 

なぜなら我々人間が、過去の習慣性にのっとり、今までと同じ選択肢を続けていては、我々人間が存在不可能という絶対絶命の危機・絶望を与え、変化のきっかけをもたらしてくれたからです。

 

こんな「無限大個の選択肢」がある中で、あなたはどんな選択されますか?

 

僕は人類史上もっとも美しい人間の文化文明を構築していきたいと思っています。そしてそのために我々人間が観点の問題を突破し、人間の本来の可能性を爆発させる必要があると思っています。

 

そしてその起点となるのはこの「日本」であると思っています。日本という国は、人類歴史上もっとも美しい「選択と放棄」をした国でもあります。この日本の美しいエネルギーは間違いなく、世界を幸福へ導くでしょう。そしてその日本に生まれた日本人は、間違いなく世界を希望に導くでしょう。