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本音で生きるとはどういうことなのか。③

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本音で本音で生きたいけど

生きられない。

 

その恐怖との戦い。

 

自分を押し殺したくないけど

押し殺してしまう。

 

その苦しみとの戦い。

 

私はそんな葛藤の中で

ずっともがき苦しんできた。

 

本音で生きるとは

どういうことなんだろうか。

なぜ私はこんなにも

本音で生きることを怖がっているのだろうか。

私は何を

恐れているのだろうか。

 

それは本当に

怖がるべきものなのだろうか。

もしかしたら

とても大きな虚構を観ているのではないだろうか。

しかし

その虚構とは何なのだろうか。

 

そんな風に

私は戦ってきた。

 

何度チャレンジしても

本音で生きられない自分に

嫌気が差しながらも。

 

では実際に私が

恐れていたものとは何なのか。

 

それは冒頭でも紹介したように

群れから逸れることだ。

 

自分を主張することで

誰も自分を守ってくれなくなる。

 

集団に所属できず

自分で自分を守り続けなければならなくなる。

 

自分で自分を

主張し続けなければならなくなる。

 

誰も守ってくれない。

誰も責任をとってくれない。

誰も味方になってくれない。

 

圧倒的な孤独と

守ってくれる盾もない。

 

すべてを自分で決めなければならない。

 

人類という集団から

見放される孤独感。

 

本当に自分が社会不適合者であることを

認めなければならない可能性がある。

 

いまはまだ数人の

私を見守ってくれている人があるが

その人達すら自ら手放すことになる。

 

彼らが気に入っている私は

本音で生きていない私だから。

 

私は知っている。

私の本音がどれほど汚く

どれほど醜いのか。

 

俗に言う

はぐれもの、嫌われ者、犯罪者、サイコパス・・・

彼らと同種か、それ以上に醜い自分が

いることを私は知っている。

 

漫画やアニメ、映画で言うところの

嫌われ者の性質を

自分が持っていることはよく知っている。

 

多くの人が忌み嫌うような

性質を自分が持っていることを

よく知っている。

 

だからこそ

怖い。

 

自分がそっち側に行くことが。

 

どうせ自分が

そのような結末になることは

自分にはわかっている。

 

それならば

わざわざ本音など

晒す必要などないのではないかと。

 

どうせみんなに

嫌われる結末になることはわかっているのだから

わざわざそんなことする必要は

ないのではないかと。

 

だから本音をさらさず

自分を押し殺して生きたほうが

いいのではないかと。

 

そんな結論に

たどり着いていた。

 

しかしこの私が持っていた

この思考には幾つか

検証しなければないことがあった。