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孔子│論語「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」が私たちへ投げかける問い。

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私の好きな言葉のご紹介です。

 

孔子は、

釈迦・キリストと並んで

世界の三聖人と言われています。


彼は今から約2500年前の、

周王朝が滅亡した春秋戦国時代の乱世を生き、

約3000人の弟子がいたとも言われています。


「人はいかに生きるべきか?」

 

この世の真理を追求し続け、

儒教の神髄『論語』を作りあげ、

自らの死後も、全世界に絶大な影響を与えています。

 

その彼の言葉の中でも私が好きな言葉が

「朝に道を聞かば、夕べに死すとも可なり」

(あしたにみちをきかば、ゆうべにしすともかなり)

です。

 

意味としては

朝に答え(道)を知ることができたならば、夕方に死んでもいい。それほどまでに私は答え(道)を知りたい。

となります。

 

孔子は先にご紹介しましたように、

「人はいかに生きるべきか?」という問いを

心の奥底から探求し続けた人物です。

 

その道のりは、多くの苦悩と困難との戦いでもありました。

 

政治的腐敗

失脚

裏切り

愛する者の死

 

それでも常に孔子はただ真っ直ぐに

その問に対する答えを探し続けました。

 

そしてその答え(道)を知ることができれば

その日のうちに死んでしまってもいい。

 

それほどまでに

自分がなぜ、

なんのために生きているのか

わからない状態で生きるのではなく

 

 

自分がなぜ、

なんのために

生きているのかを

分かって生きてみたい!

 

 

その喜びを味わいたい!!

 

 

それ程までに

答えを分かって生きることは

最上の喜びである。

 

 

そんな

孔子の魂の奥底からの叫びが

聞こえてくるような一説であると

私は感じます。

 

 

そしてこの言葉は

現代に生きる私たちの

無意識深い叫びであるかのようにも感じます。

 

 

なぜ何のために

自分が生きるのか

もわからずもがき苦しむ若者たち。

 

生きている実感を得るために手首を切り

生きている実感を得るために他者を傷つける。

 

現実世界に楽しみを見出すことができず

オンライン空間にいるもう一人の自分。

 

何のために学ぶのか

何のために働くのか

何のために呼吸するのか

 

その意味を知りたい!

自分が存在している意味を知りたい!!

 

私には

そのような悲痛な叫びが

蔓延しているように思えてなりません。

 

孔子が生きた約2000年前の乱世も

恐らく時代が方向性を見失っていたような

状態だったのではないでしょうか。

 

「人はいかに生きるべきか?」

 

まるで孔子

現代社会に生きる私たちに

問いかけているように思えてなりません。

 

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