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個人的なこと│自分で自分に押した、社会不適合者の烙印。

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自分はずっと

自分のことを社会不適合者だと

思って生きてきた。

 

自分が本音で生きれば

周りからは軽蔑の目で観られ

協調性は皆無。

 

人からの指摘の意味もわからず

ただただ自分を押し殺して

従うしか無かった。

 

その状況を整理するには

自分を社会不適合者と

思い込むしか無かった。

 

だから人から指摘を受けた数だけ

自分に社会不適合者の烙印を押した。

 

そうすれば

もっと楽に生きれるんじゃないかと。

 

みんなに嫌われずに

生きれるんじゃないかと。

 

でも結果は散々だった。

 

みんな離れていった。

 

というか

自分の心が

みんなを遠ざけた。

 

みんなが近づいてきても

自分の心がそれを拒絶し始めた。

 

自分が社会不適合者であるから

人と関わることができないと

思い始めた。

 

そして私は

孤独になった。

 

全てに怯えるようになった。

 

人生は苦しくなった。

 

生きることに喜びはなくなった。

 

そこにあったのは

空虚は世界だった。

 

上辺だけの笑い声。

 

表層だけの笑顔。

 

中身の伴わない関係性。

 

みんなの優しさを

受け取れない小さな心。

 

どんどんどん

小さな鳥かごの中に張り込んでいって

私はそこから出られなくなった。

 

考えたくなくても

考えてしまう。

 

苦しみたくなくても

苦しんでしまう。

 

どうして人生を

こんなに苦しいものにしたのだろうかと

人間の宿命を呪った。

 

もっと人生を

楽しいものにしてくれればよかったのにと

創造主を恨んだ。

 

世界で自分が

一番小さくおかしな人間だと思った。

 

みんな自分よりも

まともな人間だと思った。

 

自分は世界で最も

醜い人間だと思った。

 

人と関係性を作れない。

 

人の気持ちを感じられない。

 

自分の感情をコントロールできない。

 

まともに生活もできない。

 

人を傷つける。

 

自分を偽る。

 

全部全部

自分が社会不適合者として

生まれてきたから。

 

そうやって

自分に言い聞かせてきた。

 

死のうと思ったこともあったけど

自分の中で

なんかそれは違うと思った。

 

それが何でかはわからないんだけど。

 

なんか

違うと思った。

 

殺されたり

病気になったり

するのはいいと思ったけど

 

なんかどこかでいつか

なにかが変わるんじゃないかと

思ってたんじゃないかと思う。

 

その希望の種を

自らの手で摘むんでしまうのは

違うと思ったんじゃないかと思う。

 

そのお蔭で

全ての絶望が

希望へと変わり

今がある。

 

きっとあれは

私の魂深くからの

懇願だったのかもと

思うこともある。

 

 

 

 

 

自分で自分に押した

烙印を消すことはとても難しい。

 

それは自らにへばりつき

離れない。

 

そこから自由になる唯一の方法は

自分がどういう状態にあるのか

を理解するしか無い。

 

全体像を把握すること。

構造を理解すること。

 

それ以外に道は

ない。

 

それ以外の方法は

すべて対処療法であり

一時的な痛み止めに過ぎない。

 

長い時間がかかったとしても

自らと向き合い

人の力も借りながら

そのことを理解していくしか無い。

 

それは例えるならば

絡まってしまった糸を

解いていく作業にも似ている。

 

一つ一つ丁寧に

結ばれた人を解いていくしか無い。

 

そこに近道など無く

魔法もない。

 

ただただ解いていくだけ。

 

そしていつか

一本のまっすぐな糸になる。

 

そこから

自分の第二の人生が始まる。

 

何にも縛られない

大自由の心になって

自分で自分の人生を始めていく。

 

今までの結び目を

愛でながら。

 

そんな生き方を

誰もが出来る社会にしたい。