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人間は私が思っているほど完璧な存在ではなかった

タイトルのままですが

以前にも書いたとおり

私はセルフイメージがだいぶ悪かった人間なので

 

他の人たちのことを

本当にすごい存在だと

奉ってた訳です。

 

 

でもそれってだいぶ違ったみたいで

みんな私と同じくらいの

人間だったということが分かってきたんです。

 

 

 

これは最悪なセルフイメージから

開放されたから分かることですが

意外とみんな弱いし汚いし醜いみたいです。

 

意外とみんな

裏切るし嘘つくし

言うこと聞けないみたいです。

 

 

ということは

そもそも私が「人間」という

存在に対する洞察が

 

完璧すぎたために

セルフイメージも最悪になっていた

可能性が高いということです。

 

そもそも人間とはそういうものだ

 

と、幼少期から思えていれば

自分を否定すること無く

素直に受け入れ

 

着実な変化を

作ってこれたような気がします。

 

 

 

こうなった背景としてまず

私の両親は自分たちの内面のアウトプットや

弱いところは出しませんので

 

両親のようになれてない自分を

まずは責めました。

 

 

そして両親も

なにか問題があると

受け入れるのではなく

 

厳しくしますので

あぁ、やっぱり駄目なんだ、と

自分を責めました。

 

 

 

そしてそれは

学校でも、テレビの世界でも同じで

恐ろしいほど人間が美化されているように感じます。

 

 

不倫や賄賂、

裏切りや憎しみ

 

 

そういった人間のダークサイドは

全くどこにも落ちていなく

まるで汚く見てはいけない物かのように扱われています。

 

 

 

でも今思えばすごく不思議で

もちろん性善説を言うこともありますが

私は、性善も性悪もなく

 

表網羅もひっくるめて

人間だと思うのです。

 

 

 

それらすべてを受け入れて

初めて人間を理解できると言うか。

 

 

 

なんかあまりにいまのメディアや社会は

人間を美化し過ぎなんじゃないかと思うのです。

 

 

 

もっとおおっぴらに

人間の汚い部分もきれいな部分もひっくるめて

オープンにすべきじゃないかと思います。

 

 

 

汚い部分を批判するのも人間だし

そんな人間が同じような汚いことを

してしまうのもまた人間。

 

 

 

誰のお腹にも汚物が入っているように

誰の心にも汚物は入っているんじゃないでしょうか。

 

 

 

もちろん汚物とはNGは存在だったり

不要なものではなく

必ず必要なものなんじゃないかと思うんです。

 

 

 

でもどうしても人間は

そういう部分に触れたがらない。

 

 

 

なんでだろうか・・・・

うーん・・・・・

 

 

ちょっとまだ答えは出ないですね。

 

 

 

でもきっと

汚い部分も、きれいな部分も

もっともっと全部ひっくるめてオープンにしたほうが

社会は良くなるんじゃないかと思うんです。

我慢するんじゃなくて、オープンする。

 

 

 

あぁ、そうか!!

 

 

きっと我慢させないと

秩序が成り立たなかったんだと思いますね!!

 

だって人間は元々動物みたいなものだから

モーセ十戒的な感じで

とにかくそういうことをさせないのに必死、みたいな。

 

 

 

でも人類のリテラシーが上昇すれば

それって大丈夫だと思うんです。

 

 

 

でもやっぱりそれには認識OSは

必須になってしまう気もしますが・・・・・

 

 

 

 

ということで私がだいぶ思い違った

人間像を描いていたがゆえに

最悪なセルフイメージになり

 

人との関係もすべて

おかしくなっていた話です。

 

 

 

悪い意味ではなく

普通の人間は

裏切るし、自己中心的です。

 

それはもちろん

自分も含めて。

 

 

 

 

だからそんな自分の外に出て

全く新しいOSをインストールすることで

そんな人間観すらも乗り越えていけるんだと思います。

 

 

 

では今回も少し長くなってしまいましたが

お付き合いいただき、ありがとうございました!!!