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本質系ゆとり世代のブログです。「15才の時の私」に知ってほしいことを書いてます。

コロナ現象でこれまで私が感じてきたこと

Twitterを見返したら、私のコロナについてのツイートが1月31日だったので、コロナのことが話題になってから、もう2ヶ月くらいは経ってるみたいです。

 

コロナのことは、色々な情報が錯綜する中で、いま自分が何を書くべきなのかを考えていました。正直、専門家の人ほど情報を持っているわけでもないので、そんなに自分が有益な情報を発信できるのか、という思いもありました。

 

そんな中でやっぱり未来にとって有益なことは、この現象をリアルタイムで経験していることを記録に残しておくことなのかな、と思って、このコロナ現象が始まってから、自分自身が経験したことや、思ってること、などを書いていこうと思います。なのでちょっと日記的な位置づけになるかもしれないです。

はじめに

Twitterについて

この2ヶ月で、改めて感じたことはTwitterの威力です。情報の速度、量、質、全てにおいてTwitterがダントツでした。私の信頼している友人たちですら知らない情報が、初期の頃からTwitter上で溢れていました。

 

これは有識者の方々や、発信力のある方々が、精力的に拡散に力を入れてくれていたからだと思います。

 

またNewsでは知り得ることができない、現地の声、リアルの声が多く感じることが出来ることも、Twitterの魅力だと思います。Newsと実際のギャップ、またそれらに対する多くの声・・・本当に素晴らしいツールだなと思いました。

 

弱点

ただ一方、1ヶ月くらいしてくると、正直Twitterに疲れてしまいました。いや、Twitterに疲れたと言うより、Twitterに溢れる情報、Twitterで行われているやり取りに疲れてしまった、という方が正確だと思います。

 

主義主張すること、情報を発信すること、その情報の正誤を言及する姿勢は重要だと思いますし、必要なことだと思います。でもやっぱりその中には、そもそも理解し合おうとする姿勢がなく、批判することを前提としたやり取りや、ただの悪口でしかなかったり、今回のコロナのことをキッカケに話題を作ろうとする内容だったり・・・なんというか、すごく、人間のいろいろな部分を感じてしまいました。

 

これはあくまでも私の主観なので、実際のところは分かりません。でも途中から、Twitterを観ることがきつくなって、明らかに見る頻度が下がりました。これは現代病というべきなのか、私の未熟さなのか。以前から言及されていることだと思うので、私が今回の件をキッカケに感じるようになっただけかもしれませんね。

 

便利な道具も使い方次第ということだと思います。

 

時系列を確認

実際にどんな時系列でコロナ現象が進んでいったのか、を事実ベースで確認することが必要かと思ったので、検索してみたらすでにWikipediaでコロナのことがまとめてありました。(2020.3.24時点)

新型コロナウイルス感染症の流行 (2019年-) - Wikipedia

 

さすがですね。すごいまとまってます。 これ書き出すと大変なので、興味あれば見てみて下さい。私も「へ〜」と思うこと色々ありました。

 

コロナ現象が始まってから、これまでを振り返る

2020.1.31:初ツイート

私が初めにツイートしたのは、1月31日でした。

 実際この前から、結構Twitterで話題になってて「何が始まったんだ」とは思いながら生還していましたが、WHOが中国について称賛するコメントを発表して、これが「WHO長官は中国に忖度してる」的なことが話題になっていたのでリツイートした記憶があります。

 

ただこのときは「なんかあったんだな」くらいにしか思ってませんでした。実際WHOに中国が報告したのが2019.12.31なので、一ヶ月以上経ってます。このときって実際、アメリカがインフルエンザで2万人死んだとか、イギリスのEU離脱とか、私自身福岡から大阪に移住したばかりだったりで、そんなにコロナに注目してませんでした。それにまだ、ティッシュもマスクも店頭にあったと思います。

 

2020.2.2:危機感が募りだす

次はこれです。

 

この感じを見ると、もう結構Twitterではコロナのことが話題沸騰になってたみたいです。この情報を見て「あーコロナ、結構やばい系の匂いがする」って思った記憶があります。

 

この情報が正しいかどうかよりも、こういう系の情報が出回るときって、けっこう規模が大きくなる印象があるんですよね。それで確か実際この頃、「コロナのワクチンがない」的な話になってたので、余計に「びびっ」って感じの予感がしてました。

 

そして実際に電車に乗ると、中華系の人たちがみんなマスクをしているので、自分自身も怖くなってきました。

 

そしてその後、このニュース。

それで「あーよかった、そこまで大きな事態にならないのか、さすが現代医療」的なこと思ってました。でも全然そんな事なかったですね。

 

2020.2.5:観光客がいなくなったらしい

次はこれ

 このツイート見て、「え、観光客いないの?そんなレベルにまでもうなってるの?」って、びっくりした記憶があります。

 

そして次の日にお会いした人が次の週?にスペインに行く予定だけど、「入国出来ない可能性もある」という話をして、「あーそうだよなぁ」と思って、なんかひしひしと身近に感じてました。

 

2020.2.9-21:人類の現在地の顕在化

ここから辺から悲しくなりだします。

 

 

 

人間は生存本能に支配されている存在ですから、生存が危ぶまれるようになればなるほど、実態が顕在化するようになるんだと、この頃から痛感し始めました。これらの情報も実際どこまで正しいのか分かりませんが、こういう情報が出回り始めること自体が、その予兆を感じました。

 

2020.2.20-2.21:有識者が意見を出し始める

この頃から、有識者の人たちが、コロナに関しての意見を述べ始めたように感じました。

 情報が一気に膨大化し始めたのはこの頃からかなぁ。

 

2020.2.27:トイレットペーパーが消える

この頃からみたいです。トイレットペーパーとティッシュ。

 実際ホントに消えましたね。私はトイレットペーパーがそんなに必要な暮らしではなかったので、困りませんでしたが、恐ろしい勢いで消えてましたね。

 

2020.2.28:政府が方針発表

政府が方針を発表

www3.nhk.or.jp

 

臨時休校ですね。わたし、この件を境に、一気にTwitter見なくなった気がします。意識化出来てなかったですが、この件をまとめながら、意識化されてきました。やっぱりいいですね、振り返り。

 

2020.3.2:Noh Jesuが動画を公開

Noh Jesu、動画公開。

 私がこういう未知の出来事に遭遇する時にもっとも信頼する情報源です。理由は色々ありますが、彼の発信する情報の根幹にある部分が「仕組み・構造」であるからです。

 

もちろん過去のデータ、事例、研究結果も重要ですが、実際今の科学では解明しきれない、データでは測れないことが多くあることも実状です。そんな中で、彼は全てに共通する仕組みから整理しているので、彼の解析をもとにいろいろな情報を整理すると、色々なことが見えてきます。

 

そういう意味では、コロナ現象で不安定になっていた心はこの頃から安定化していった気がします。

 

2020.3.6-24:さらに世界は混乱する

世界がほんとすごいことになってます。

 

コロナ現象が始めってから、感じてきたこと

なんかすごく、色々感じました。とりあえず大まかにまとめさせて下さい。

人類の現在地

何より感じたことはこれでした。「あぁ、やっぱり人間、こんな感だよな」と。正直日本に住んでて思ったと言うよりも、色々な人が発信してる情報を見て思ったことなので、どれだけリアルか分かりませんが、おそらくそうなのでしょう。

 

先述したんですが、人間は生存本能に支配されている存在なので、生存が危ぶまれると最優先でそれを守ろうとします。反応の仕方は、生物学的に言えば「闘争」か「逃走」です。そしてツイッター上に流れていた情報は「闘争」が多く溢れていたと感じます。それは「差別意識」に始まる「自己防衛」です。これは行き過ぎた個人主義も大きく影響していると思いますが、これは結構悲しくなりました。

 

トイレットペーパーや、ティッシュペーパー、マスクが店頭から消えたのも、この影響ですよね。個人主義と、資本主義の「競争の原理」がもたらした、悲しい結果だと思います。「自分さえ良ければいい」「まずは自己防衛から」という、思考の出発の結果起こった世界的な現象だと思います。

 

日本人の現在地

これも、すごくすごく悲しくなりました。これに関しては正直意見が割れると思います。何かというと、日本人の異様なまでの「日本に対する不信感」です。私がTwitterを見なくなった理由は、これが一番大きいと思います。

 

とにかくなにかあれば、日本を蔑み、日本人を蔑み、日本政府を蔑む。なんでこんなに日本を批判したいんだろうと思うくらい、日本人が日本を蔑む。いろいろな現象は結局解析でしかないで、批判することもあっていいと思いますし、もしかしたら私が取っている情報源がそういう傾向が強いだけで、実際はそんなに多くないのかもしれませんが、圧倒的に日本を蔑む情報で溢れていました。

 

「だから日本はダメなんだ」「だから日本人はダメなんだ」「日本政府はやっぱりダメだ」なぜそんなにも批判ばかりするのでしょうか。私には、学校の生徒がクラスの先生を集団で批判する構造に見えてなりませんでした。

 

もし政府を批判するにしても、それを作ってきたのは自分たちでしょう。「それを変えるために批判しているんだ」「肯定だけしろというのか」という声もあるかもしれません。もちろんそれも一理あります。でも私は、色々な情報を見ていて、それらの多くはそうは感じないのです。

 

生産性のある批判とは、相手が発信した立場も考慮した上で、意見を述べることだと思っています。今回のことで言えば、「なぜ政府がそのような対応をしたのか」「なぜ日本がそのような現状になっているのか」「なぜ日本人の実状がこうなのか」など、それらの背景を考慮した上での意見である必要性を感じます。

 

しかしネットに溢れる多くの意見が、それを感じません。根底にあるのは不信・怒り・不満・・・。政府の方針の正誤にここで言及するつもりはありません。なぜならコロナ現象は、人類がはじめて直面している課題でもあるので、色々な施策を実施し、その結果が明らかになった後に、それらの施策を検証し、未来につないでいくしかないと思っているからです。

 

人生でも、仕事でも、正解などないことは誰もが理解していることだと思います。しかしなぜ、人は他者に正解を求めてしまうのでしょうか。それは「生存の危機」を危ぶまれていることが最も大きいと思います。この状況で心の平和を保つことは難しいかもしれません。

 

実際、心の平和を保てる理由は「現象を理解する」「死を覚悟する」「平和ボケ」位かもしれないです。また、自分の命だけならまだしも、自分の子どもたちの命の危険となると、親御さんはさらに過敏になると思います。ですから、大きな声で訴えることも理解できます。しかし、窮地に立たされたときこそ、パニックにならず、冷静になることが重要だと思っています。

 

私は、パンデミックより、世界恐慌より、人たちの心が不安と恐怖で溢れかえることがもっとも危険なことだと思っています。なぜなら、パンデミックが起ころうが、世界恐慌が起ころうが、全人類が一眼となって、心の平和さえ保っていれば、必ず危機を乗り越えられると思うからです。

 

そういう意味で、今回のコロナ現象で、日本の実状を感じられたことは、とても悲しいことではありましたが、とても重要なことであったと思っています、

 

未来に対する不安

これは実際あります。欧米ではスーパーマーケットからモノがなくなっているそうです。株価も下がってきています。雇用問題も取りた出されています。

 

現在、日本はまだスーパーからモノはなくなっていません。しかし、東京都がロックダウンの可能性を示唆し始めましたから、日本もこれから欧米と同じ様になることは十分考えられます。

新型コロナ、小池都知事「首都の封鎖あり得る」 TBS NEWS

 

3.11の時、私は東京にいました。実家は茨城です。東京でも、多少モノはなくなりましたが、それほどではありませんでした。インフラに問題はそこまでありませんでした。あれだけ騒がれた、3.11でさえ、世界的に見れば、とても局所的な現象でした。

 

私は、第二次世界大戦を経験していません。バブル崩壊も経験していません。世界恐慌も経験していません。スペイン風邪も経験していません。

 

今回のコロナ現象が、これまで人類が経験した困難の中で、どれほどの規模に当てはまるのか全く予測が付きません。中には、これは第三次世界大戦だ、というような解析もあります。

 

私が最も恐れていることは、もし世界的な経済破綻が起こった後に訪れる、治安の崩壊です。これほど怖いことはありません。日本はまだ、世界的に治安は素晴らしい状態にあると思います。しかしこの治安が崩壊すれば、考えられないほど、当たり前が崩壊すると思います。私は今の日本は、その秩序崩壊に耐えられるほどの余裕はない気がしています。

 

私はその国の「民度の高さ=平和度」と言っても過言ではないと思っています。これは「心理的安全性」と言い換えることも出来ます。心理的安全性さえ保たれれば、大きな自由度を獲得できます。しかしそれが崩されると、多くの自由度に弊害が出ます。

 

そしてこの平和の国日本で、その心理的安全性が奪われてしまうことは、とてもとても、重大な危機だと思います。

 

3.11が世界から称賛された理由は、あれだけのパニックの中でも、秩序を保つことが出来る日本の民度の高さでした。もしあそこで、「我先に」と、競争が起こっていたら、どれほどのパニックが起きていたでしょうか。どれほど被害が大きくなっていたでしょうか。私は現在、世界からモノがなくなっている現象は、それに近いものを感じてなりません。

 

今回のコロナ現象のような、生存の危機を危ぶむような、未知と遭遇したときには、何よりも心の平和を保つことが重要と感じます。そして底から来る相互扶助の精神、つまり日本人が最も重要視してきた「思いやり」「気配り」「和」の精神をいまこそいかんなく発揮するときだと思っています。

 

ここまでのまとめ

とりとめもなく書き連ねてきましたので、まとめます。

 

とにかく今回のコロナ現象で私が実感したことは、人類・日本の現在地の露呈と、日本の可能性でした。自分自身、この記事を書く始めたときは、ここに行き着くとは思っていませんでしたので、自分でも少し驚いています。

 

正直、本当に情報が錯綜しすぎて、すごく疲れます。政府、有識者、有名人、一市民・・・情報源が多様になった現在社会は、すごく便利になった反面、すごく複雑になりました。「どの情報を選択するのか」に対する個人への責任の比重がとても増大しています。個人の人間力の上昇が必然的に求められる世の中です。

 

信頼・愛・平和を助長する情報よりも、不信・恐怖・闘争を助長する情報が、圧倒的にネット上を埋め尽くしているように感じます。本当に悲しいですし、無力感すら感じてしまいます。

 

世界は混乱しているように感じます。人たちは余裕がないように感じます。

 

ただしこれはまだ、ネット上の世界でのみです。日本で、大阪で、生活している分には、あまり変わりません。マスクが推奨され、アルコール消毒が推奨され、咳に過敏になり、外出する人が減っている、コンビニのイートインは封鎖され、ドラックストアには人が並び、モノがなくなる、正直それくらいです。それくらいならまだなんとでもなります。

 

ただし、これからどうなるのか分かりません。実際にみんながどう感じているのかは分かりません。これが、心の平和が崩れだして、人たちがこの状況に心理的に耐えられなくなったら、正直どうなるか分かりません。

 

ただし、今回のコロナ現象を通して、世界中で起こったすべてのことが、未来の人類にとって、とても有益な情報であることは間違いがないと思います。これだけ情報化が進んだ現代社会で、この現象が起こったことは、とても意味のあることだと思います。

 

どんなことが起こったとしても、今回の現象をしっかりと検証し、未来へ有益なバトンを繋いでいくことは、この経験をしている、我々の使命だと感じます。そういう意味合いも込めて、今回はこのブログを書かせて頂きました。

 

終わりに

少し長くなってしまいましたが、ここで文章化させてもらったおかげで、ここ2ヶ月で感じていたことを、ある程度まとめることが出来ました。実際これ以上に色々感じていましたが、現在言語化できることはこれくらいみたいです。

 

沢山の情報が溢れています。沢山の意見が溢れています。それでも、そういうときこそ大事なことは人と人との信頼関係、相互扶助であると改めて実感しました。そして情報に惑わされない自分自身を作ることだと思いました。

 

あと、もしコロナの情報で不安がある方はぜひNoh Jesu氏の情報を追いかけてみて下さい。youtube、Facebook、Twitter、ブログのリンクを張っておきますね。

 

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