どこから変化を作る必要があるのか

ここまで、問題発見の重要性と問題を解決するためには問題を解決できる自分になることの重要性を共有してきましたが、では一体どこから変化を作っていく必要があるのでしょうか?

 

先の例に基づいて、コミュニケーションを車の運転に例えるならば、車を運転するためには、まず何から初めますでしょうか?

 

何よりも初めに教習所に通って、運転するための技術や交通ルールを学びますよね。そしてその後に実際に一般道で運転をするようになると思います。

 

もしそのような仕組み/決まりがなければどうなってしまうでしょうか?

 

各々独自の運転方法になり、交通ルールも共通認識されたものがないので、それぞれが思う交通ルールで一般道を車が走るようになります。そうしたらどうでしょうか?現在とは比べられないほど事故が多発し、統制がとれない状況になってしまうと思います。

 

「私が右折しようとしてるんだから、あなたは待つべきだ」

「いやいや、こっちが先に進もうとしてるんだから、そっちが待つべきでしょう」

 

など、自己流の基準/ルールに基づいた主張が多発すると思います。

 

これらに対して、現在の交通の仕組みを知っている我々からすれば「いやいやルール決めればいいじゃん」と思いますが、実際にその状況しかしらない状態であれば簡単に思いつくことではないと思います。

 

ここで私が共有したいのは、実は現在の私たち人類のコミュニケーション/人間関係が、これと全く同じ状況に置かれているということです。

 

現在の私たち人類には、全世界共通で整理された内容を持ち合わせていません。

「人間とは」

「生死とは」

「人生とは」

「人間関係とは」

「コミュニケーションとは」

…etc

 

ですので我々は、人と関係を作る時、コミュニケーションを取る時など、各々が自分の経験の上で作り上げてきた、独自の基準に基づいて意思決定を行います。

 

その結果、先の例に上げたように、各々が自己流の基準/ルールに基づいた主張を繰り返すことで、様々な意見の食い違い、摩擦、衝突などの問題が多発してしまっています。

 

つまりこれは、運転技術もなくルールも知らない車がしっかり技術を持ちルールを理解している人から暴走しているように見えるように、多くの人たちの意識空間が暴走してしまっている状態と言えます。

 

このような自分勝手な運転技術によって、毎日のように自分や相手を傷つけるなど、多様な問題が起きている現代において、早急に取り組むべきことは、まずこの意識空間の暴走を解決することが最優先になります。

 

ではどうすれば、意識空間の暴走状態を解決することができるのでしょうか?